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星喰星








暗黒世界。

その只中に、輝く恒星が浮かぶ。





それを覆い隠す様に、更に巨大な青い惑星が姿を現す。

少しづつ惑星の縁に恒星が削り取られ、やがて暗い惑星の影に飲み込まれた。
────白く光るのが飲み込んだ惑星の縁部分だけになった頃、通信が入る。



『……────こちらケネディ宙域管制塔、ステーション”アーノルド”応答せよ』

「こちら”アーノルド”、現在太陽嵐による被害確認中。今の所問題は軽微、どうぞ」

巨大な惑星の黒い影の中に、ぽつんと人口構造物が浮かんでいる。
だが近寄ってみて見ると、それはかなり大きい。
比較対照になる惑星が巨大すぎるのだ。

しかしその巨大な惑星でさえ、宇宙で塵芥に等しい。
その名は、地球。

人口構造物のあちこちに注意用の警戒灯が光る。
「………どうやら大丈夫だな。しかしいつまで続くんだよこの放射線の嵐は?」
『判らん。観測史上最大のフレアーだ、他ステーションでも被害が大きい。
 しばらくそこでカンヅメだな。どうする?新聞でも送ろうかい?』
「電子情報じゃあ無いヤツでな。インクの臭いが恋しいよ。とっとと陸に避難させてくれ。
 それとも何か太陽風に晒しまくって俺を二度と船に乗れないようにするつもりか?」
『ンな訳無かろう。あんたみたいなベテランはもう少し働いてもらわにゃあな、リカルド』



通信画面を見て、リカルドと呼ばれた男は溜息をつく。

これで何日目だろうか?
観測史上最大の太陽の異常活動。
何回ものフレアーが観測され、現在凄まじい放射線の嵐が太陽系内を襲っている。
その為この作りかけのステーションからは殆どの人間が退去し、留守番は彼だけだ。
地球の昼側では電波妨害の為通信は不可。夜側での雑談だけが息抜きになっている。

送られてきたニュースファイルをメモリーカードにダウンロードする。
どうせまた、どこかの人工衛星が大気圏に滑落したとか云ってるのだろう。
────空気と水は心配ないが、食料がそろそろ心もとない。
『食料ならそろそろ近隣宇宙港から到着するはずだ、頼むぜ』
「乗せてってもらってもいいか?」
『まだ”アーノルド”はオコチャマだ。自分の息子を大気圏に落とすつもりならご自由にな』


『こちら資材輸送船P3-12、”アーノルド”応答せよ。餓死してねーか?』
食料輸送船の通信だ。
ようやくの到着らしい。
「こちら”アーノルド”、とっとと接舷用意しろこのクソ野郎、メシよこせ」
『何だ焼きたてパン要らねーのか?フルーツケーキでも作って喰って………………待て』


何事だ?
早くしないとまた昼側に入って面倒な事になるというのに。
『あー、えーとな、何か接近している。デブリか?
 仮指令モジュールの正面からえーとX軸30度、Y軸60度ぐらい。見えるか?』
画面を見ると確かにUnkown表示。大きい。相当な質量がある。
外を目視するが、良く見えない。


────否。
天球の星砂子の中に、ぽっかりと黒い穴が開いていた。


「…………何だこりゃ」
やっぱり良くわからない。
人工物か天然物かも不明だ。恐らく逆光になっているか光を反射しないのだろう。
それで物体が黒々と天の川を切り取っている様に見えるのだ。
「P3-12、仮指令モジュールからは詳細不明。そちらからは何か見えるか?」






返って来たのは、立った一言。
「……────オゥ、ジーザス」


何の事かと聞く前に、

リカルドと呼ばれた男は宇宙ステーションごと押しつぶされた。











雑誌記者はメモ片手に町を徘徊していた。


先の事件から約二週間余り。
結局編集長と変人女のすったもんだバトルの末、彼女の記事掲載が決定した。

内容は要すると、
『古代から蘇った”リトラリア”の化石と怪物”ゴメテウス”の死闘!!』
この前の事件に、変人女の独断と偏見をひっくり返した七味ビンみたいに盛り込んである。
ご丁寧に一昔前の劇画風の挿絵まで添えてあった。
スーツ姿の成人男性と、制服制帽姿の男子と、ワンピースに大きなリボンの幼女が、
『うわあああああああああ』
『ひいいいいいいいいいい』
『いやあああああああああ』
とかホラー調に叫んでいるのだ。

つか何?スーツが俺で少年が洋介君とすると、この幼女は変人女自身か?
そう雑誌記者が突っ込むと、
『あ────………、そうか。それでか。うんうん』
何故納得する。


とりあえずまだ推敲できてないということなので、後日メールで記事は送ってもらう。
そういう事になっていたのだが────

昨日。
彼女からの電話により、何だか知らないが自宅まで記事を取りに来いとの事だった。
何故だ?
まさか途中で味が出ないとか云ってて原稿用紙手書きに切り替えたのか!?
そう突っ込むと、
「何でよ。ま、いいから今から云う通りの場所に来なさい。あたしん家だから」
何だか知らないが締め切りまでまだ2日は有る。宅急便にしろと云ったら、
「あたしん家、宅配屋も迷って絶対入ってこれないのよ」

お前の近所は樹海か!



取り合えず指し示す住所通りに行ってみる。
やけにごみごみした商店街を横道に逸れる。ビルに挟まれた小道だ。
地図を見るとこの周辺は誰も住まない廃墟ビルの群れだった筈なのだが──────

洗濯物が干してある。
旨そうな匂いの屋台が出ている。
薄汚れた子供が元気一杯にはしゃぎ回る。
おっさん達が道端で将棋を指している。
昼間っからヨッパライが寝ている。
ガラの悪い兄ちゃんが若者に謎の錠剤を渡している。
「……日本かココ?」

俺はもしかして話に聞くテレポーテーション現象を体験したのか?
台湾とか東南アジアとかの下町に何かの拍子につるっと瞬間移動したのか?
でも肌寒いぞ?
雑誌記者の脳内GPSが現在謎のアジア街をうろついているような気分に浸っていると、

ポカン!空き缶頭にヒット。
「何処ほっつき歩いてたのよー。こっちこっち」
サビが浮きまくった非常階段の上に、変人女が立っていた。


非常階段の上り口を探すのにも10分かかった。もうヘトヘトの雑誌記者。
すぐ上からは変人女の罵声が聞こえてくる。
それによると、この地域は半端な開発で置き去りにされた湾岸リゾートの跡だという。
そこに大量の不法滞在の外国人や負け組み日本人が住み着いている場所というのだ。
「あー、そういや聞いたことあるな。第二九龍城とかいって」
「………あんた、本当にマスコミ関係者?」
「本流からはぐれっぱなしのな」



ようやく階段を上がり、部屋に到着。
高尾山登るよりキツイぞ精神的に。
「ホレ、どこでも入ってくつろいで」
「ああ、おじゃましま────────────────…………」




〜扉を開けると、そこはおそば屋さんがもりそばをひっくり返しまくった世界でした〜





というのは冗談で部屋一杯に幾つも並んだPCや周辺機器やぶっとい配線が這っていた。
「ホレ!とっとと入んなさい入り口狭いんだから!!」
変人女に蹴っ飛ばされ中に入る。
いきなり変な配線数本につまづいて転ぶ雑誌記者。
「あーもう気をつけなさい!配線踏んでもいいけど抜いたらその配線で吊るすからね!」

一応ある接客スペースにちんまり座らされた。
というか単なるもりそばワールドの空き地にセンベイ座布団敷いただけだし。
「ホレ」
産地どころか今何処で創ったのかも不明なコーヒーに見える琥珀色の液体を出してきた。
いや、多分めんつゆに違いない。
「ちゃーんと豆から挽いたヤツだから。感謝しなさい?」
はて、めんつゆは何という豆から出来ただろう?

雑誌記者はすすった琥珀色のめんつゆの意外な味に驚きながら、
やっと用事を思い出した。

「そうだ原稿、原稿はどうした?早く出せよ」
「んー、それがね、話せば中途半端に長くなるんだけど───……」
話によると、昨日の晩誤って開いたメールからウイルスを拾ってしまったのだという。
「何てヤツよ?」
「んーと、確か”スイーツきんたま”とかいうやつ。で書いてたHD完全にイっちゃって」
「…………待て、じゃあ肝心の原稿は?」
「どっかに残ってると思うんだけどねー。今朝からクラッシュしたHDさらってる最中だから」

開いた口が塞がらない。
「つかお前、そんなヒマ有ったら書き直せ!締め切り後二日しか残ってないぞ!?」
「やーよ。めんどい」
めんどいて。
「こういう創作物はね、同じ文章は例えデジタルでも同じものは二度と書けないの。
 そこんとこお分かり編集者さん?」
分かりたくもない。分かってたまるかこのクソアマが!
席に座る変人女に近寄り問い詰めようとして────






「ちゃんと繋いでから帰りなさいよ」
「へい」
結局また床に長く伸びたもりそばにつまづいて、しかも今度は断線させてしまった。
仕事が増えたと変人女は烈火の如くお怒りなさる。
しょうがなし、雑誌記者はしぶしぶ彼女の指示の元で配線を繋いでいる。
「ブチまけたコーヒーもちゃんと拭きなさいよ?後でベタベタしたら即刻呼び戻すから」
うるせー。おそばにめんつゆぶちまけたってあんま変わんねーだろが。
「何か云った?」
「うんにゃ」

一息ついて見上げると、本棚みたいなラックに幾つもの機材が働いてた。
PC本体かサーバだろうが全て並列に動いている。
「全く────……こんなに沢山PC持って、一体何してんだお前?」
「色々と。研究や分析にはそーゆーのが必要なのよ」
「本当か?例えば、────ここのこいつら、一体何してる?」
先程のラック内の機材群を指す雑誌記者。

「……」
「…………」
「………」
「……………」
「………何だっけ?」

覚えてないのかよ!!

「いや確か大切な処理してた気がするのよ。たしか知り合いに頼まれてたような──」
「お前の知り合い?どんなヤツだよ」
こいつの知り合いって、こんなのがまだ出てくるのか?一人見つけたら30匹か?
「いや、たしかどっかの主任研究者だったような…………えーと」


…………グラリ。

いきなり足許が揺れた。地震か?そういえばさっきから外が騒がしい。
「何?一体────────うわ!?」
変人女が小窓を覗いて驚愕の声を上げる。
つられて雑誌記者も覗いてみた。

溢れる泥水。押し寄せる茶色い濁流。
人や車や樹木が巻き込まれて流されていく。


東京湾の海浜地帯である第二九龍城に、何と津波が押し寄せていた。










洋上を小さな飛行艇が飛んでいく。



エンジンの騒音と揺れにも関わらず、頬杖ついて眠りこける男が乗っていた。
趣味の悪い極彩色のアロハが、吹き込む風にハタハタ揺れる。


『  ………────スリー君、目を覚ましたまえ、レスリー君』
しつこい呼びかけに男は眼を覚ます。
すぐ耳元からだ。

「………アイ、教授。寝てやしませんよ?すこーし物思いに耽ってただけで」
『既にヘリを出して40分、マーシャル諸島との中間点付近だ。妙な妄想は慎みたまえ』
「妙とは失敬な。津波から避難してきたあの日本人の女の子とのロマンスをですね──」
『それが妄想というのだ。もうすぐ予想地点、しっかりしたまえ?』
「ヘイヘイっ、R.R教授」
『ちゃんとライネル主任と呼びたまえ。ああ後、あの女の子なら日本に帰国させたよ』

苦虫を口一杯に頬張った様な顔のレスリー。
色素の薄い短髪を掻き、耳元の通信機を整えて、現在位置をパイロットに聞く。

もうすぐ、件の”天体”落下予想地点だ。










「お前あの湾岸地域に居たんだって?どうだった津波の様子?」

おかじーが昨日の津波のコトをしつこく聞いてくる。
どうやら掲示板での話のネタにしたいらしい。
「凄かったよ。TVで流れたあのビデオ映像の通りざっぱんどっぱん。それでいいか?」
「…………お前、本当にマスコミの人間か?」
「とゆーかお前、仕事しろよ」
うんざりといった顔の雑誌記者。もうその話はしたくない。

昨日変人女の自宅へわざわざ雑誌の原稿を取りに行った時、何と津波に襲われた。
不運というか何というか、そのすぐ後第二九龍城で大規模な停電が発生。
変人女の原稿サルベージは中止となってしまったのである。
結局記事は間に合いそうに無い。しょうがなし、自分で今穴埋め記事を書いているのだ。
「ふ〜ん……ま、まさか東京湾岸で津波に襲われるとは思わんしなぁ」
まるで人ごと。
雑誌記者に興味を無くしたか、自分の席に戻って机上小型ハンディTVを見ている。
昨日の津波の続報だ。



津波自体は北太平洋のハワイ=マーシャル諸島間の海域で発生。
かなり大規模だったらしく周辺海域の島々やニューギニア、フィリピンが大被害を被った。
その波は日本にも到達、東京湾内に進入して反射しながら湾岸地域を襲ったのである。

────問題は津波の原因。
世界各地の地震計は大規模な揺れを観測していない。地震ではないのだ。
ただ津波の直前、ミクロネシア周辺で北東へ飛ぶ巨大火球が目撃されている。
隕石、もしくは彗星の落下。
それが現在の国際的な原因の見解だ。
────本来、何らかの大質量落下についても地震は付き物であるはずなのだが。


バゴン!!
いきなり編集部入り口のすりガラスが割れそうな勢いで開放される。ズカズカ入ってきたのは、
「ハイ、やほー」
インディアンみたいな挨拶をしている変人女だった。
「…………何しにきたんだ。記事のサルベージ出来たのか?それとも書き直しか」
「いやー、それが停電今日になっても直らなくて。ンもう陳さんたら」
「誰だチンさんって」
「うちの大家で、蛇頭第二九龍城支部の頭目」
「あっそ」
ツッコミたくねえ。変人30匹居るなら関わるのは一匹で十分だ。

「んで?サルベージも書き直しも無しに何しに来た?締め切りは伸ばせんぞ!?」
「あ、おかじーく〜ん!ちょっとイイ?」
「無視すんな!」
いきなり呼ばれて驚き顔を上げるおかじー。
上から覗き込まれるように見られてガラにも無く緊張している。
「ちょっとすまないんだけど、ここでクラッシュHDのサルベージって出来る?」
「………お前な、ココ会社だぞ?てかうちのオンボロ備品にそんな芸当が────」
「ああ、出来ますよ?」
「出来るんかい!」
「…………ちょっとー、ツッコミはもっとキレ良く!こう!こう!!分かる!?こう!!!」
レクチャーせんでいい。

おかじーどうやら会社の自分のPCを大改造しているらしい。
つか備品いじるな。
HDドブさらい中、何故か上機嫌の変人女を横目で見ながらおかじーが聞いてくる。
「あの人、結構イイな!俺今猛烈に萌えまくってるぞ!?独身か彼女!?」
おかじーの進む方向はとてつもない底なし沼だが、一応黙っておいてやろう。
夢は大切に。


「おーい、ヒマだから一緒にTV見ましょーやー!」
変人女が呼んでいる。取り合えず行ってみる雑誌記者とおかじー。
…………編集長様が見てるよオイ。
TVを覗くと、CNNの天体落下地点調査の生中継だった。












水平線上に、巨大なキノコ雲が見えてくる。

「OK、教授見えてます?まるで水爆実験ですねぇ」
『視認だけで判断するな。各種電磁波、磁気、放射線の観測は準備出来てるか?』
「ういっす、完璧」
『よろしい。ある程度近づいたらデータ採取。天体の本体確認はしたいが、無理するな』
「あいさー、教授」
『主任、だ』
「へいす」

巨大な雲の縁まで来た。結構風が強い。
雲に腹を見せる様に飛行艇の姿勢を安定させると、観測機材を取り出した。
「おお〜お、すげえ磁気嵐…………」
雲の中はどうやら凄まじい状態らしい。水爆でもこうはいかないだろう。
今の所、有害放射線は殆ど無し。
各種データを効率よく取得していく。
「よっしゃ、次は気流調べるから。はいちょっとどいてねー」
大きなバズーカみたいなモノを取り出し、似つかわしくない気の抜けた音で打ち出す。
渦巻く雲の中で破裂すると、銀紙の桜吹雪ようなモノを大量にバラまいた。

しばらくすると銀紙の各個の位置情報がリアルタイムで送られてきた。
これで気流を把握する。
雲の内部は最大級のハリケーンよりも凄まじい。まるで超大型の竜巻のようだ。
「こりゃー内部突入は無理だな、現物は拝めんか…………」
『レスリー君、聞こえるか』
「はいよ教授、何すか?今こっちからも連絡を────……」
『発見された。今すぐ当該海域から脱出しろ』
「へ?」


パイロットの慌てた声。
見ると、向うの雲の切れ目から巨大な航空機が姿を現した。
「C-130!?軍用機じゃないっスか!?」
『国連調査団所属の米軍機だ。TV中継の画像に調査用チャフが映ってしまったらしい』
「うぇ、やるんじゃなかった」
『調査団とはいえ相手さんは軍隊だ。何をされるか判らんぞ?』
「了解!直ちに脱出します教授!!」
『ああ後、それから』
「………な、何すか」
『主任、だ』
「へぇい」

すぐさまドアを閉め、巡航体制に入る飛行艇。
しかしここは開けた空の上、巨大とはいえ圧倒的に軍用機の方が有利だ。
すぐ上に付かれてしまい、高圧的に機体名と所属を述べよと無線が入る。
「うぁ────、クールじゃねーぞおい…………って、お?」

後方のキノコ雲の様子がおかしい。
中央が膨らんで何かを吐き出そうとしている。

こういうトラブルに慣れたレスリーの勘が囁く。
ヤバい。
パイロットがマヌケに聞いてくる。
「あの────、すんません、どうします?降伏しますか?」
「出来るか!ヤバイ、全速力!!」
レスリーの叫ぶような命令に、水上機は突如上昇し速度を上げる。
威嚇相手の突然の行動に驚いて軍用機も機首を上げた瞬間、



巨大な機体が、一気に垂直にまで持ち上がった。
そのままあの雲の方へ、まるで自由落下でもするように吸い寄せられていく。



難を逃れたレスリーの飛行艇がはるか上空の安全圏で旋回する。
「う、うわ…………何だこれ」
パイロットの怯えた声。
レスリー自身に一瞬走った悪寒の正体は、はたして上空が寒だったかどうか。
眼下の太平洋を見下ろす。
既にあの奇怪なキノコ雲は殆ど雨散霧消していた。
かわりに、太平の名を冠せられたはずの海面に浮かんでいるのは、




巨大な黒い、渦巻く球体。
キノコ雲の余りをたなびかせ、ゆっくりと太平洋上空を動き始める。
どこか端の方で、あの軍用機と思われる爆発が見えた。









TV画面は【しばらくおまちください】。

その小さな画面の前には、変人女とおかじー、雑誌記者の三人。
「────何だ今最後の中継?あの飛行艇何かしたのか?」
「RPGでも発射したとか?どんなテロリストだよあんな所で」
「…………今、画像が消える直前何か空に見えなかった?真っ黒で巨大なモノ」
雑誌記者には見えなかった。
おかじーにも聞いてみたが見てないらしい。
「んー、確かに大ニュースだな。んん?お前ら??」

何時の間にか編集長が三人の背後に立っていた。
急いで自分の席に戻る雑誌記者。ほいほい歩いて応接スペースに戻る変人女。
怯えた表情で見上げるおかじーに、死の宣告。

「お前、そのPC買取な?」


どうやら編集長はあらゆるステータス異常攻撃の使い手らしい。
今度は石像に成り果てている。というか、
「…………いらんことしすぎだ、おかじー」

硬直し微動だにしないおかじーの横。
けなげにも、原因となったPCが該当ファイルのサルベージに成功していた。









『えー現在、現れた謎の球体はウェーク島沖を通過、マリアナ諸島に近づいています』


航空機に乗ったアナウンサーの中継だ。
下には青く輝く海面が広がっている。
水平線の方へカメラがパンアップすると────そこには巨大な漆黒の球体。
亜熱帯の太陽の日差しを受けて尚、まるで切り取ったかのように黒い。
表面には様々な段階の黒色が縞を作り、所々に渦のような班を形成している。
アナウンサーが、例えとして『モノクロの木星』という表現を使った。
──────画面が縮小し、記者会見の映像に切り替わる。


「仕事しろよ、おかじー」
雑誌記者のぼやきも耳スルーなおかじー。ぼんやりTV画面を見つめている。
ヤレヤレ、といった表情で、雑誌記者は卓上に書類を置いていった。
おかじー、摘み上げて斜め読み。
耳は引き続きTVの虜。



国連調査団の記者会見が始まった。
科学者数人と米軍軍人らしき軍服が一人。

第一次調査では、あの物体は結局『正体不明』との事だった。
構成元素は主に水素とヘリウム。ただし恐るべき圧力により液状化しているらしい。
中心部では恐らく固体化しているだろう。
その圧力を生み出すのは────何と”重力”。
原理は不明だが、あの物体は重力を操作しているという。
だから地表からプカプカ”浮いて”いるのだ。
また”磁力”や各種放射線・電磁波も周辺に発生、展開させている。
その為周辺では電子機器の使用はほぼ不可、イオン化した水蒸気により周囲に帯電した雲が発生。
即ち、現段階では干渉不可。
物体からのアプローチも不明。

画面がまた切り替わる。各国マスコミの反応だ。
宇宙人の乗り物説、宇宙生命体説、カミサマ説、等云々。

更に調査団とは別にあの物体に接近した謎の飛行艇についても言及。
ハワイ方面に向かっていったという証言が得られたが消息不明
目下捜索中との事だった。



と、ここまで半分耳スルーしながら聞いていたおかじーの耳に雑音が入る。
携帯の着信音、『ハゲ山の一夜』だ。
「  ……────おお〜い、携帯、誰だ?鳴ってるぞ〜」

雑誌記者が慌ててパテーションから出てきて携帯を開ける。
変人女からだった。









その日の夕方。
未だ津波の爪痕残る、第二九龍城。
雑誌記者の呼び出されたのは、その中の中華屋台の一つだった。

「────ってか、わかるかい!!」
また九龍城内部をさ迷い歩く雑誌記者。狭い路地に屋台がずらずら立ち並んでいる。
思ったよりも津波からの復興が早い。
波が結構小さかったのも有るだろうが、施設が破壊されても皆あまり気にしないらしい。
すこ────ん!!
「んがッ!?」
いきなり雑誌記者の後頭部にプラスチックのギョウザ皿が直撃。
背後の屋台から変人女が出てきて、仁王立ちしていた。
「何やってんのよ、ココよココ!!」




屋台テント内の一テーブル。
目の前にはもやしたっぷりのラーメン一つ。
その横にギョウザライスをハフハフ頬張る変人女、ドンブリ飯2杯目突入中。

そして。
何故かこの狭いテーブルの向かい側に、見知らぬ男が二人座っていた。
一人は天津飯をがつがつ頬張る、刈り上げ髪の若い白人。
もう一人は何故かチンジャオロースと白米をナイフとフォークで食う、ヒゲの紳士。

「ええ〜と、………どちらさん?」
「まあちゃっちゃと食べなさいな。駆けつけ一杯よ」
変人女は既に3杯目に突入だ。お前は馬か?
取り合えずラーメンをすする雑誌記者。うげ、結構多いぞこの量。

腹パンパンにして汁を残し雑誌記者が脂汗をかいてると、ようやく自己紹介が始まった。
若い方はレスリー・カウフマン、研究助手。
とっつきやすい笑顔で流暢に日本語を喋ると頭を下げる。お辞儀まで自然だ。
ヒゲの紳士はというと、お上品に付けてたナプキンで口を拭いて一言。
『ワイキキ天体生態学研究所主任ライアン・ライナスだ』
と英語で喋った、らしい。
   …………じぇんじぇんわかりましぇん!


横から変人女が通訳してくれる。
「この二人ね、実はあの太平洋の黒い球体に飛行艇飛ばしてた張本人なんだってさ」
────話によれば、
あの国連調査団の航空機墜落の後、
乗ってきた調査船にとって返し、
そのまま研究所のあるハワイへ帰還し
アシが付かぬよう乗ってた水上機を燃やし、
更にほとぼりが冷めるまでこの日本に逃亡してきたのだという。
「えーと、飛行艇はチャーター機だったから、あの会社には悪い事したなーってさ。
 お金はちゃんと置いてきたらしいけど」

燃やすなよチャーター機を!
というか、この博士か主任かわからん人も変人だ。ヤバい、類はやはり友を呼ぶか。

「で?俺をこの人らに引き合わせた理由は?」
「んー、ぶっちゃけ云うとね、記事にして欲しいのよ。記事に」
「何をだ」
「この人らの研究。使いすぎて足んないんだってさ、研究費が」
「研究って、どんな内容だよ」
「あの────太平洋に出現した巨大な球体絡み、かな?」
何だ最後の疑問符は。

「どう?今が旬だし」
「如何って云われても──俺英語は使えんぞ?インタビューでも論文でも扱いかねるが」
そう云われて顎を指に乗せ考え込む変人女。
「だ、そうですけど?教授」
「教授ではない、主任だ。そうだろう?」


へ?


何今の、日本語?あれ?
「日本語でなければ駄目と云うのならしょうがない付き合おう。これでよろしいかね?」
「え?えー、と、あの」
「あ、ライナス先生日本語出来んのよ。にゃはは♪」
「な、何で」
「折角異国情緒溢れる所へ来たんだ、通訳の一つでも無ければ雰囲気が出んだろうに」

脳内警報発令!脳内警報発令!
やっぱり1匹見かけたら30匹!
誰か○キジェットプリーズ!!



どんぶりリバースしそうな勢いで頭を抱える雑誌記者。
彼を尻目に、ライナス主任の脳細胞は語るべき事を述べる為活性化を始めたらしい。
屋台の隅に置いてあるTVを指差し、云った。
「君は────────あの物体が一体何か、判るかね?」
雑誌記者がTVを見ると、丁度あの太平洋の怪球体の続報をキャスターが伝えていた。
画像が乱れている為判りにくいが、良く聞けば分かる。
「何って────良く判りませんよ。宇宙生物ですか?」

フッ。

鼻で笑ったかと思うと、いきなり紳士はワハハハハハハと大声で笑い始めた。
一瞬、周囲で食っている屋台客の注目を集める。
「面白い、面白いほど凡人だな君は!凡庸すぎて突っ込む気にもならん回答だな!!」
そんな事でそこまで笑わないで欲しい。
雑誌記者は赤くなって縮こまる。
てかバカにするなら英語でお願いします、この場は。

「じ、じゃあ何なんですかアレは?僕の想像力ではちょっと────」
…………────まだ笑っている。
ようやっと深呼吸をし落ち着くと、ヒゲを撫で付けながら紳士は云った。



「アレはね、星、天体だよ。遊星の一種だ。それもとびきり凶悪な、な」




雑誌記者は二の句が告げない。
変人女は食後の一服中。レスリーにも一本分けていた。
TVが単調なお知らせコールを告げ、速報が流れる。

『先程国連調査団はマリアナ諸島沖の物体に対し”テュポーン”と命名するとの発表を…』


懐から高そうな葉巻を取り出し、先を切りおとして、ヒゲの紳士が一言。
「ほおう、国連調査団にも中々賢いヤツが居るようだな」




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