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ノビラを追え!








さてココはとある地方の町である。
この何の変哲も無い中途半端な片田舎で、少年たちの妙な事件は始まった。





とはいっても普段は大して目立つような雰囲気は無し、のんびりした土地柄である。
今日も大きな河川の土手を、白髪の警官さんが自転車をシコシコ漕いでいた。

「こんちゃー」
「こんにちわぁ」

犬の散歩をしている奥さんとすれ違い、挨拶。
実にのどかな午後である。



温い日の光に微風が心地いい。


河川敷の萱原を眺めながら老警官のんびりまったり進んでいく。
ちょっと見るとうすぼんやりしているようにみえなくも無かったり。

と、
「う、うぉあ!?」
「わあああっ!?」
マウンテンバイクの群れが突っ込んできた。
警官のママチャリは競り負け、道端にすっころんでしまう。

「あああ、危ないだろが!道細いんだから横に並んで走るな!!」
メガネがズレたまま憤慨する老警官。
相手は遊びに行く途中の小学生のようであった。しつけのつもりで叱ろうとしたのだが、
「うるせー、そっちがよけりゃいいだろー」
「おーい、早く行かなきゃ間に合わねーぞー!」
「何だよあのジジイ」
小学生共は罵言を投げつけ、そのまま去っていってしまった。

「おお、いたたたた……」
やれやれと打ち付けた腰をさすり、草群に投げ出されたママチャリを起こす。
「今の小学生って、あんなのばっかしなのかねぇ…………」
溜息混じりに、風に波打つ萱原を眺める。
自分があれ位の頃はこんな自然で元気一杯遊んで、大人の言う事は素直に聞いて……
きらきらと輝く郷愁に浸る老警官である。

…………と、突然横の茂みが揺れだした。今度は何だ、犬か猫か?
そっと覗くと、



「ヴァ───────────!!!」
「おわぁぁァァあ───────────!!?」


老警官は再び自転車から転げ落ちる。
飛び出てきたのは、何だかどっかの芸人みたく背の低いおっさんだった。
古ぼけたワイシャツにズボンは何故かジャージ。手には網を持っている。
「むあー!何処逃げたあのヤロウ!」
いきなりの悪態。まあ失礼。
また打ち付けた腰を抑えながら老警官は職質する。ああ、半年前のぎっくり腰が再発しそう。
「何だねいきなり!?アンタ誰だ!」
小さいおっさん、こちらも見ずに巣が無しのハムスターみたいにキョロキョロ辺りを見回し、
「怪獣だよ!怪獣!!藪の中に追い込んでたんだが逃げられたっ!」
「は?」

老警官は金魚のシシガシラみたいな変な顔をした
小さいおっさんは何やらぐだぐだカイジューカイジューと連呼している。
「怪獣!あーわからんか、妖怪!怪物!未確認生物!昨今はUMAと云っとるかなっ!」
「………で、その怪獣をどうしたって?」
「捕まえるんだよ!!でも逃げられたんだよ!!どうすりゃいいと思う!?」
いや、聞かれても。

「あー、分かりました。とにかく道にいきなり飛び出すのは止めて下さい?迷惑ですし?」
このおっさん、多分どっかよそから来た変人と思われる。
いい年こいて子供みたいに薮を漕いではしゃぎまわるなぞ、普通人のやることではない。
春でもないのに。
いや、春でもいかんけど。
「あーもー!何でわし一人しか居ないんだっ!何で!!」



白髪の警官は、ここできらきらと輝く夢想モードに突入した。
(そう、こんな変人だ。多分長年勤めた会社を不況のあおりでリストラされたんだろう)
(妻と子供にも去られ、車も土地屋敷も売り払い残ったのは己の身一つ)
(そんな時、思いついた)
(昔子供の頃馳せた夢をもう一度、おいかけてみよう)
(そう、怪獣を追いかけて捕まえるという大冒険を!自分一人でも己の手で………!!)
「夢は大切ですよね…………!!」
「ん、ム?おお?」
老警官がキラキラアイズで小さいおっさんの肩に手を置こうとした瞬間、

「社長〜、なにやってんですか〜!?」
「ん!?おおー!すまんお前らすまん!未だ仕事にゃ早いだろ〜!?ん?何か用?」
向こうの方に止まっているバンから同好の士らしき連中が手を振っていた。
「…………あ、居るのねお仲間さん」



「よーしお前ら!この辺もう一度シラミ潰しに探すぞっ!!」
気合の掛け声と共に再び河川敷へ散開する小さいおっさんとその一党である。
全く、妙な事しなけりゃいいのだが。
やれやれと溜息をついて、老警官は再びチャリで走り出す。

と、鉄橋に近い川辺に人影らしきものが見えた。
かなり小さい。
犬かと思ったが立ち上がってちょろちょろきょろきょろ動いている。
どうも、通過する電車を見ているらしい。
「今でも川原で遊ぶ子供は居るんだな…………」



だがそれよりも、位置が川に近すぎて危ない。鉄橋の下はかなりの深みの筈だ。

自転車を止め呼びかける。
「お〜い、そこの坊主ー!」

反応が無い。もう一度。
「坊主〜!橋ンとこの坊主〜!危ないぞー!!」

やはり反応が無い。自転車を降りて、もう一度。
「その辺の淵ァ深いんだ、戻れー!お〜い、坊主〜!!」


呼びかけにぴくりとも反応しない。その内ふらふら揺れながら移動し始めた。
挙動不審だ。子供ではない?
にしては妙にぎこちない歩き方だ。
もしかして、親とはぐれた幼児とかなのだろうか?
確認する為、老警官は自転車を立てて河川敷への土手道を降りる。

更にもう一度。
「お〜い、坊主よう?それとも嬢ちゃんかー?」

幼すぎて声が理解できないのか?分からなかった人の為に、もう一度。
「おおお────────────いいよう!!」

振り向いた。草群を掻き分け傍まで辿りつく。
「おい、どうしたね?」
子供だと思われる者の撫で肩に手をかけた瞬間、



巨大な怪物に見下ろされた。






『キぁー』

はるか遠くの警官の悲鳴に、小さいおっさんが草むらからはっと顔を上げた。
「しまった!あっちだったか!!」










この片田舎こと香賀見町はちょっとした騒ぎになった。

巡回ををしていた退職間際の警官が消息を絶ち、河川敷で気絶している所を発見。
運び込まれた療養所で意識が戻ると、
ぎっくり腰を通り越してヘルニア直前になった腰を整体のオネエサンに修正されながら、

「カッ、か怪獣グヘッ!本官は怪獣を見たのでありまスゥエ──!?」
「はーいおじいちゃーん黙ってなすがままにされてちょうだァ〜イ♪あらよっと」
「ハウッ」

と云った為である(一部ノイズが混じっておりますのはご了承下さい)。
そしてその老警官を助け療養所へ運び込み、その証言を肯定して、なおかつ

「我々はその怪獣を捕獲する為にやってきたのである!!
 香賀見町の皆さん、是非々々とも我々にご協力をお願いしたい!」

と高らかに宣言した小さいおっさんwith同好メンバーは、
ご協力うんぬんの部分は一切無視されっぱなしで
主にアレな方向で町中の噂になったのであった。






時と場所はここでちょいと早回しして、その翌日。

町内の小学校の一つ、香賀見町東部小学校。
放課後の掃除中の四年生の教室である。

「ナベー、その変なおっさんらお前ん家泊ってんだろ?見に行っていいか!?」
「…………お前、人んちの客を珍獣扱いすんなよ」
「俺も見に行きたいけどな。ナベ、いいだろ?」
「ミヤギお前もかアッー!」
「何か有ったらクニヒロの責任な。それでOK」
「待て、ちょっと待て見物に行くだけで何起こるんだよお前オイ」

頭の悪い会話をしている男子三人。名を右からクニヒロ、ナベ、ミヤギと呼ばれている。
この媒体に於いてどっちが右かわかりゃしないのであるけども。
それぞれ川沿いの団地、売れない喫茶店兼民宿、新興住宅地の一軒屋が自宅である。
「じゃー、今から行くか?」
「掃除は?まだ途中だぞ」
「サボリャいーだろサボりゃ。ホレ行こうぜー」
ホウキを持ったままそっと廊下へ出ようとする三人。しかし────

「うおっ!?」

戸口の前に女子が一人。
雑巾を手にもったまま上目使いで此方を見て、立ちはだかっていた。
「アキちゃんどこいくの?掃除まだだよ?」
先頭のクニヒロがそれを見てつっかえたので、三人とも立ち止まってしまう。
「え!?や、あのな…………」
思わずどもってしまうクニヒロ。見かねて後ろの二人が割り込んできた。
「えーとな、おれらちょいと用事が出来たから先帰るわ。あとよろしくー」
「え?でもそれじゃゴミ捨ては誰が…………」
「お前やっといて。あ、ついでにホウキがけも頼むわー。な?な?」
むりやりホウキを女子に押し付ける二人。
クニヒロの分も取り上げて押し付けた。

「じゃーなー!また次んときも変わってくれや!」
「ほいじゃーなー頼むぜー」
「え、あのアキちゃん、待って」
そのまま走って校門へ向かう二人。クニヒロも後ろ髪引かれる表情で付いていく。
そのまま教室前の廊下に取り残される少女。手にはホウキ三本と雑巾。

少女は唇だけとんがらせて、しゅんとうつむいた。





商店街を歩く三人。
ナベの家は商店街のメインストリートをちょいと入った所にある。

「お〜い、アキちゃん」
「うるせえ」
もう一つのあだ名で呼ばれて怒るクニヒロ。何せ身内限定のハズなのだ。
「なあアキちゃん」
「うるせえ!」
「お前、あの杉峰の事好きだろ」
ちなみに、杉峰とはあの掃除を押し付けられた哀れな少女の事である。
クニヒロの幼馴染にして同じ団地のお隣さんであるが、詳細は今ここでは割愛しよう。
「知らん!!!」
「アキちゃーん、ねえアキちゃ〜ん」
「黙れ!!!!ほらもうお前ン家だぞナベー!!」

 『純喫茶 WATA-NABE』
おフランス調に気取ったフォントの金文字がオークの看板に躍っている。
が、その直ぐ横には

 『民宿 渡辺 スグ裏←』
思いっきりの筆文字がトタンの白看板に佇んでいる。矢印だけ赤ペンキだったり。
商店街に面した喫茶店の裏側が、ナベん家の民宿である。
そしてソコに、最近町中で噂の怪獣ハンターと名乗る連中が、現在逗留しているのだ。

裏手に廻ると、民宿の舗装されてない駐車場にバンが止めてある。
三人はバンの陰に隠れながら民宿の縁側を覗く。


見慣れない連中がそこに居た。



背丈が自分たちと頭一つしか違わないちっさいおっさん。
丸眼鏡の誠実そうな青年。
ガテン系のツナギを着た色黒カリアゲの男。
そしてその三人の男たちの周りでは、既にカップ酒が車座になって宴会を始めていた。
「…………昼真っから呑んでんのかよ、あいつら」

「くォらタツオ!んなとこで何ふざけてる!!」
「イデ、いてててててててて!!?」
ナベが耳を釣られて引きずり出された。
民宿の一切を切り盛りしている名物キモっ玉かーちゃんの登場である。
「帰ったんならそう云って手ぇ洗って手伝いに来いって何回云えば分かんのかー!?」
「かーちゃん、だって、友達が」
「友達もこーしたもない!ウチの家計分かってんのアンタはー!?」
傍に息子の友達が居るのは見えている筈だがそれでも暴力に遠慮が無いとは恐ろしい。
クニヒロもミヤギもドン引きである。

「おっくっさん♪」
「ん?」
「じーどーう、ぎゃっくったッい♪」
「え?あ、あららおほほほほほほほほほほほほほほっ」
縁側のヨッパライからの指摘に愛想笑いでナベの耳を放すかーちゃん。
自覚あるのかよ。
「すいませんお見苦しい所お見せしちゃって、もー怠け者で困りますのよーうちの息子」
「うわヒデぇ」
「だまらっしゃーい!」
鉄拳炸裂!!脳天を押さえてローリング涙目のナベである。

「まーまーまー!じゃあ女将さん、彼らには今からちょいと手伝って貰いましょう」
そういいながら小さいおっさん、くいと一呑み。
カップ酒の群れが盆踊り規模になってきた。
「我々の話し相手になって貰えませんか?議論が少し停滞しちゃいまして」
しゃっくりしまくりの丸眼鏡が妙に理知的に話す。
顔は赤いのに本当に呑んでるのだろうかこの人?
「んむ来たまえ小学生諸君!我々の情熱をとくと教えて差し上げよう!」
色黒カリアゲがそう云いながらツナギの上半身を脱いでムキムキマッチョを晒しポーズ!
「きもッ」
「キモッ」
「うわキモッ」

「……………………キモいゆーな」





とゆーわけで不真面目小学生三人は、掃除当番サボリの報いの如く
謎のヨッパライ共のお相手を仕る事に相成ったのであった。









さて、
一般的小学生と、曲がりなりにも世間的マイノリティ趣味のヨッパライ達。

ほぼ話が合いそうに無い、というかそもそも話が通じそうに無い組み合わせである。
互いの言語体系にほぼ差は無いにも関らずバベル崩壊後の人類状態の集団は、
ヨッパライ達が一方的に話し倒し、
小学生達がそれに必死で追いすがるという無茶な展開になってきた。

だが彼らも昨今のマセガキである。
ただ話の主導権を奪われっぱなしではない。


「あ、これってなんていうんですかー?」
ミヤギが縁側に置いてあるノートの絵を見て質問した。
ノートには黒くてトゲトゲした感じの怪獣の立ち姿がスケッチしてある。
ちなみにノートの周囲は既にカップ酒が緊急国会を開催し紛糾大乱闘状態であった。
「うわー、すごい怖そうな怪獣ですねえー?これが探してるヤツなんですかぁー?」
「おー!そのとーり!そのとーり!良く判ったなボウズ!!」
「これは怪獣の想像図です。まあ目撃証言からの推測ですがね」
「お?興味あるのかい?」
────さっそくミヤギがヨッパライの輪の中に入り込む。
こいつは幼稚園の年長の頃からどーにも大人の輪に入るのが上手い。

と思ってたら、
「ん?んん?んふっんっふっふっふっふん??むふふふふん???」
「…………どしたんですか社長?」
小さいおっさんがキモチ悪く笑い始める。壊れたのかと思った。
あだ名が”社長”らしい。
「大丈夫ですか?
 今朝食べたキノコが悪かったんですか?ピンクの猿とか見えてませんか?」
「ありゃちゃんとした食用キノコだと云っとろうが!トリップなぞするかい!」
「拾い喰いなんかするからですよ。じゃあ何ですかいきなり?」
「喜べ皆、たった今一週間前から考えていた怪獣の正式名称が決定されたぞ!!」
「……────我々、何も相談受けてませんが」
「当たり前だ!わしの脳内会議で決定したからな!」
残念、スネークミヤギはヨッパライの輪に侵入失敗!完全放置!
それにしてもヨッパライの脳内会議?代議員全部ワンカップの妖精ではなかろうか?

で、その肝心の名前とは?
小さいおっさん(”社長”は似合ってないので却下)はノートのページを一枚破ると、
懐からふでペンを取り出してさらさらと何か書きなぐった。
「では発表する!その名も────────────────!!!」
ぺろっ。


 『 ノ ビ ラ 』



「……」
「…………」
「………………、あのー、由来は」

「にゅーんと伸びるからだ!!」

あんまり捻りすぎたネーミングもどうかと思うが、
ちっと捻ってないプレーン状態もどうかと思う。
というか、青狸系未来ロボットがもれなくセットで付いてきそうだ。



さて。
小さいおっさん(既に”社長”の名は忘れられている)らの呂律の廻らぬ話を総合すると、
『ノビラ(むりやりなし崩しに決定)』という怪獣の特徴は以下のようであった。

「この通称”ノビラ”は太古の昔から日本列島、北海道以南に生息していた怪獣でして、
 姿は通常1m弱で日当たりのいい斜面や土手に巣穴を掘って住み着いてまして
 普段は地面の下に潜り込んでいてめったに姿を見せてくれない臆病な動物ですが
 ごく稀にエサを漁りに地上に出てきた時警戒して立ち上がる習性がありまして
 もしそれに気付かずにうかつに接近してしまうとその原理は今だ不明なんですが
 伸び上がり巨大化して相手を見下ろし威嚇して圧倒してしまうという怪獣でして
 そもそも民間伝承においては見越し入道や伸び上がりといった妖怪の名で…………」


あ、ミヤギ死んだ。
ナベも沈没寸前、というかクニヒロ自身も既にビンボー揺すりが最高潮。

話は総合するまでも無く丸眼鏡の青年が真っ赤な顔で息継ぎ無しトークで披露してくれた。
しかもまだ止まらない。まさに設定厨スタンビートトレイン!
「博士ー、まあいいから飲め」
「はいすぅ」
…………あ、そんなので止まるんだ暴走列車。
丸眼鏡の青年は”博士”と云うらしい。正座してカップ酒をイッキに飲み干す。
大丈夫か?



ちっとも大丈夫じゃ無かったらしい。
博士は正座して背中を丸めて失敗したぷよぷよのまねみたいな姿勢で陥落。
片手にしっかり呑みかけのカップを握り締めて、ふごごごといびきをかいている。
「全く、こいつ昔っから弱いんだよなあ酒」
「なっちょらん!まったくなっちょらん!むっちゃくっちゃなっちょらん!!」
いや、明らかに博士の周りに立ち並ぶカップの数が一番なっちょらんです。

と、なっちょむっちょとのたまっていた社長がいきなり立ち上がり宣言した。
「さて!じゃあ行くかキミタチ!!」
「え?何処にですか?」
「今から”ノビラ”を探しにだ!!あの警官が襲われた土手を際再調査だ!!」
今から?
既に日は赤く傾きカラスがアホアホ馬鹿にしているというのに。
「奴は主に朝方と夕方に活動する!我々も伊達に昼間っから呑んでた訳じゃないぞ!?」
まだ飲んで酔うてますがあんたら。

そう云いながら小さいおっさん(元”社長”)があのバンへ向かう。
「え!?ちょっと車で行くんですか!?」
「当たり前じゃあ!あそこまで結構距離あるだろが!師匠!!」
「おうよっ」
”師匠”と呼ばれたツナギマッチョメンが小学生三人を軽々と抱え込んだ。更に、
「ほれ行くぞー!!」
「う?うあ、はいわかりますたぁ」
博士を叩き起こし、尻を蹴っ飛ばしながらバンへと無理矢理連れて来る。

「よっこらせ」
…………あんたが運転席乗るな博士ええ────────!!!
「大丈夫!コイツのドライブテクは寝てる時以外何が有っても完璧だ!ホレもう一本」
「あ、どうもすぅ」
更にカップ酒渡すなおっさん!!


と、民宿の門柱に小さな人影。
こちらをちらりと見て、びくっとしてひょいと隠れた。
「あ」
「……今のって」
「────杉峰?」

言わなきゃ良かった。
小学生達の言葉にピンと来たのか、小さいおっさんゴキブリを襲うクモよりも早く飛び出し、
亜音速で門柱の人影の前へ。
「んん?おじょうさん?どうしたのかなぁ?」
変態だ。変態が居る。
「ひぇ!?あ、あの、アキちゃじゃない、ク、にひろ君が、その、いるかなって、んで」
「一緒に来るかい?」
「え、ええ!?ひぇ、あ、はわ、ひゃあわわわわわわ!?」
小さいおっさん、よりにもよって女子小学生の手を引いてむりやりバンに引きずり込んだ!
いやあああ未成年略取──!!


「おっしゃあ────!!出発進行────!!!」
「ういすぅー、      …………ぐう」
寝るな博士えええええ!!


ナベによる必死のカーチャンへのSOS発信も空しく通じず、
拉致監禁小学生四人在中スーパーヨッパライトリオ号(怪獣”ノビラ”探索仕様)は、

件の怪獣の出た土手へと向かう事に相成ったのである。





 〜番組の途中ですがお知らせ〜
※1)飲酒運転は犯罪です!
※2)小学生拉致監禁も犯罪です!!


「違う!任意同行じゃー!!」
「ウソつけ!」








さて、あの土手に到着した七人。

ヨッパライ三人はやる気満々だが、
別にサムライでもガンマンでもないし村を守る訳でもないので、残り四人はヤル気無し。


「……で、何なんですかこの棒?」
勢ぞろいさせられた四人。皆長い竹やり装備。スライムだって倒せないぞ。
男子三人の態度はダラダラ、杉峰に至っては事態すら把握出来ずに困り果てている。
小さいおっさんがふんぞり返って説明した。
「これは、”ノビラ”が地下に作った巣を探す為の道具だ!いいか?」
河川敷の草群にぶすりと差し込んだ。
「これが深く刺さったらその土の下にトンネル、つまり巣が有る証拠だ!理解したか!?
 ヘィドゥユアンダスタン?」
「は………はいっ!?」
これは杉峰。
「はーい」
「へーい」
「うぇいす」
これは男子三人分。気合なぞ既に成層圏の彼方で浮かんでる。
「あ────もう!やる気出さんかい!!後返事はラジャーだラジャー!!」
それにしてもこのヨッパライ、ノリノリである。


取り合えず散開して周辺一帯を探索する事となった。
「おい」
「おう」
さっそく草群に隠れてフケようとした男子三人。しかし────
「こらーお前ら固まってたむろしてどうする!ちゃんと手分けして探さんかい!!」
そうは問屋が卸してくれても社長が返品しやがった。ちゃーんと見張ってやがります。
しょうがないので小学生達はおっさんに従って散らばった。




クニヒロも、棒をぶんぶん振り回しながら川原のヨモギを叩いて廻る。
「…………あの」
背後からか細い声。振り返ると、杉峰がちょこちょこ付いてきていた。
「…………アキちゃん」
「何だよ」
「…………あの、勝手に付いてきちゃって、その、うぅ──……」
なんとまあ超萌え狙いな喋り方であることか!
しかし、えてして男子小学生にとってこういうのはイライラの種以外の何物でも無いのである。
まあこの喋りは天然なので、幼馴染の彼にとっては慣れたものなのであり。

「怒ってねーよ」
あさっての方向を向いて、ぽつりと一言。
「…………うん」



「お────い!!そっちの方はもういいからこっち手伝ってくれーい!!」
おっさん雰囲気ブチ壊しッ!
「は────い!!ホレ、行くぞ」
「うん」
二人連れ立って、何やら喚きながらごそごそしているヨッパライ共の所へ向かう。


「おう、これだこれだ」
小さいおっさんが指し示したのは、どでかい雑草の株の根元に開いた小さな穴。
「ホレ、出入り口がつるつるしてるだろ?”ノビラ”がしょっちゅう出入りした証拠だな!」
成る程、単なる穴ボコにしては不自然である。
「で、どうするんです?掘り返すんですか?」
「ドアホーウ!!そんなことしたら怯えて逃げられるだろがそんな事も分からんのかっ!」
ドシロウト小学生にそんな事云われても。

結局何をどーするのかと思えば、
出入り口に小麦粉を撒いて足跡を確認し、更に監視カメラを脇に設置するのだそうだ。
どーにも態度からしてはなから捕獲は諦めているらしいが────
「今回はな!!だがいつかどこかで必ず…………」
勝負もしてないのに負け惜しみの上ずいぶんアバウトな発言である。

まあカメラ設置作業の微調整に関しては小学生の出る幕は無い。
脇でだらだら見ているクニヒロ。
すると小さいおっさんがすすすと寄って来て、ニヤニヤしている。
「…………何すか」
「ん?んんん?んふふふふん??」
またあのキモい笑い方。何だ、今度は何企んでるヨッパライオブミニマム?
傍では作業中の博士と師匠もニヤニヤしている。なんだこいつら?
訝るあまりガンのようなものを飛ばすクニヒロ。

すると、
「…………────青春の、始まりだねェ!!」
「は?」
「ま、小学生には早いがな!」







「ひゃっ………」

小さな悲鳴。はっと反応するクニヒロ。
「────杉峰?」
声の方へ振り向いてみれば、転んで上を見上げる少女の小さな姿と、



ソレを見下ろす、巨大な黒い影。
────川を跨ぐ、送電線ほども有る。



「”ノビラ”が出たぞ────────ッッ!!!」
小さいおっさんの号令と同時に動き出す三匹のヨッパライ!
既にヨッパライと思えない動きで”ノビラ”の周囲を三角形に囲い込む。
何時の間にやら手には各々投網、虫網、さすまた。そのままじりじりと距離を詰める!
しかし、
「ぬぉ、 …………いかん!?」
おっさんも気付いた。杉峰が”ノビラ”のすぐ近くに居る!

「杉峰ーッ!!早くこっちに来い!!」
叫ぶクニヒロ。駆けつけたいが動けない。足が全く動かない。
目の前に屹立する巨大な怪獣。
緑がかった黒色のトゲに覆われ、顔は獅子舞を思わせる威容。
その銀色の眼は焦点が合っておらず、絶えずせわしなく動かしていた。
キバは巨大で顎からいくつもはみ出している。


怖い。

動けない。
杉峰は腰を抜かしている。助けなければ。
しかし、動けない。動いてくれない。

竦んでいる。

バカにしていた筈のマヌケな名前の怪獣に、
クニヒロの足は怯えていた。


ダメだ。
杉峰が、────────────………



「お嬢ちゃん!上を見るな、下を見ろ!!」
クニヒロの目の前を誰かが走り抜けた。杉峰に叫びかける。
へたり込む杉峰を体当たりするようにかっさらうと、そのまま転ぶように草群に飛び込んだ。
「 見 越 し た ぞ っ !!」

あの小さなおっさんの声だった。
その叫び声が聞こえたと同時に、立ち上がっていた巨大な影はひゅるりと消えた。







「杉峰ッ!!おっちゃん!!」
草群に倒れたまんまの二人に駆け寄るクニヒロ。他の連中もやってくる。
「社長!?」
「おい杉峰!おっさん!?」
杉峰の上に小さいおっさんが覆いかぶさったまま、ピクリとも動かない。
「しっかりしろ!返事しろ!おい!?」


「……う………」

おっさんの下から声。杉峰か?
「  ……    ………重いよう…………」

今にも泣きそうなか細い声が聞こえたと思ったら、今度はおっさんの背中が蠢いた。
「ぬふぅ────……、すまん皆、ちょいと起こしてもらえるか?」
「社長!?大丈夫なんですか!?」
小さいおっさんの体が、立ち上がろうとして失敗した生まれたての子馬みたいに上下した。
「いや、それがなぁ、……むぐ、動けん」
「…………お酒くさいよう、アキちゃあん────」
遂にぐずり始めた杉峰。



小さいおっさんはぎっくり腰であった。

ミヤギの携帯から救急車を呼ぶ。
ちなみにおっさんらの携帯は機能していたもののおっさんらが機能していなかったのだ。
さすがヨッパライ!そこにシビレはするが憧れない。

タンカに乗ってえっほえっほと運ばれていく小さいおっさん。
一瞬その姿を見て『おさるのかごや』を思い出したのは秘密だ。
クニヒロはおっさんのタンカに駆け寄る。おっさんが救急隊員の袖を引いて止めた。
「…………あの」
「ん?おお君かい何か用かね?」
「…………ありがとうございました、杉峰の事」

泣きぐずっている杉峰は歩けるものの、大事を取ってとりあえず救急車に乗せられている。
「あー、かまわんかまわん!それより、付いてってやらんのか?」
「いや、ミヤギが家族に連絡したし、大丈夫です」
「ふ〜ん……」
タンカに寝転んだまま、クニヒロをじろじろ舐めるように見るおっさん。
「本当に、いいのかね?」
「構いません」
「ふッう〜ん…………」
ジロジロジロジロじろゾロヅロジロ。舐められ見すぎて汁だく寸前。何だというのだ一体?
様子を見てナベとミヤギも寄って来る。

「そ〜〜〜だ!お礼なら一つ、キミタチに頼まれて貰いたい事があるぞ!!」
「何ですか?」





「我々に代わって”ノビラ”を捕獲してくれ!!!」





三人とも、文字通り眼が点になった。

というのは冗談でという冗談を云う隙もヒマも与えられず、
横脇から突如彼らの手に遣いこまれたノートの束が手渡される。
隙間から写真やらネガやらがボロボロ落ちた。
「いいかい?そのノートには我々がこれまでの調査で調べ上げたデータが纏めてある!」
更にヨッパライ達が持っていた妙な道具が押し付けられた。
「残りの必要機材は民宿に置いてあるから自由に使ってくれ!!」
…………てゆーか、いつまに寄って来た博士と師匠!!?

「さーさくさく病院に行きますか救急隊員さん!よろしくぅ!!」
いやチョットマテと突っ込む間もなく救急車にそそくさと乗せられる小さいおっさん。
更に何故か付き添いで救急車に乗り込む博士と師匠。
どう見ても狭い。狭すぎる。
「ではっ!!」
救急車の後ろのドアがバタムと閉じられ、土手道を土煙を上げながら走り出した。
小さいおっさん、病院へと向かって走り去る救急車の窓から顔を出し、手を振って一言。

「た───のん───だぞ──〜〜〜………ォぉぉォぉォ……………」


何あれ。
むちゃくちゃ元気そうやん。








「お前らコレ、何に見える?」 
「よ」
「な」 
「………俺には『お』に見える…………」

三人の小学生の捕獲作業は、先ずノートの解読から始まった。
ノートに記録していたのは小さいおっさんが7割、2割が博士で師匠が1割、らしい。
その7割のおっさんの文字が見事なミミズとサナダムシ乱交浮世絵状態なのである。
しかも、残りの博士と師匠の記述も至る所に
『86p参照』
『前回の観察記録にも有ったとおり…………』
などと書かれており、その指定ページはほぼ必ず小さいおっさんの書いたページ。
即ち、あの連れの二人にはこの表意とも表音ともつかない文字が解読出来ていたのだ。
多分おそらく軽々と。
ちなみに内容を聞いてみようと思ったら、三人とも携帯の電源入れてなかった。
ロゼッタストーンの存在しないヒエログリフの解読は不可能に近い。
「病院行って聞くか?」
「どこか聞いてねーぞ俺…………」
「くぉらそこー!何やってるッ!!」

すこーん!
チョーク三人組のコメカミに命中!ちなみに算数の授業中であった。



埒があかないので放課後、三人であの川原へ向かう。
「そーいや、杉峰は?」
「知らね」
「お前なー、一応幼馴染なんだろ?心配ぐらいしてやれよ」
「何でだよ。幼馴染ってだけだぞ?なのにいっつも泣いてすがり付いてくるし」
「少し熱が出て大事を取って休んでるけど大事にはなってないそうで、
 明日には出てくるってさ」
「…………ミヤギお前、何で知ってるんだよ」
「先生に聞いた。……────何だその顔?」
「別に」

昨日教えられた方法で穴を探す。
昨日発見した穴は、何とか解読したノートの記述を見る限り、
『一度人間に荒らされた巣穴はほぼ数日、場合によっては半日で遺棄される』
とのことで捜索の対象外であった。
小一時間ほど川原をうろつき、棒で突き刺しまわる三人。しかし、

「…………みつかんねーなぁ」
「てか俺、飽きてきた」


既に日が暮れていた。
川原の鉄塔が黒々と聳え立ち、その周囲をカラスがクウクウと飛んでいる。

土手のブロックになった所で寝そべる三人。
「……今日は帰るかー」
「そだなあ」
「すまん、明日俺抜けていいか?塾行っとかねーと」
そういえばミヤギの家は眼鏡の教育カーチャンが勉強しろとうるさいらしい。
ランクが上の中学へ進学させる為、早々に学習塾に通わせているのだ。



「しゃーねーなあ…………」

鉄橋を、家路へ急ぐ人々を満載した電車がざあっと通過する。
今日のところは、これにて解散だ。





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