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アルケミストの天体








覇音轟き、天に昇る光が一つ。




それを見上げる、人影一つ。


銀の砂子の天蓋の下、切り裂く光に照らされるのは、かくも気高き石造りの城。
数立ち並ぶ尖塔の中、離塔のテラスに彼は佇む。
身なりは質素、しかし高貴。
外套を羽織り空を見上げ、
塔の主のその瞳には、高みへ駆けるかの光。

彼の周囲には奇妙な道具が立ち並ぶ。
コンパス、分度器、望遠鏡、ルーペにフラスコ、坩堝に釜に、言いようも無く奇妙な物まで。
それらを掻き分けて、別の男が石の階段を登り来る。



────こんな所に居られましたか。先程密書が参りました。

臣下と思しき男の肩には、フクロウとおぼしき大きな鳥。
足には金輪。
そこから小さな紙を取り出すと、主の前で読み上げる。

────”協会と周辺諸侯の間にて不穏な陰謀が見られると。
     貴公を討つべく仕度が整う。
     最早私も止められぬ。早々逃げるか戦の用意を”



主は静かに耳を傾ける。臣下は主へ進言する。



────闘いましょう。貴方の力を持ってすれば、かのような軍勢など。

────闘って、どうすると?
    折角終わらせた災いを、再び戦で蒸し返すと?
      
────しかし、

────民草にそれは酷だ。戦いは無い。



一息つき、臣下は再び進言する。

────ならばお逃げ下さい。貴方は死んではならぬ方だ。

────逃げて、どうすると?
    彼らが此度の元凶と見なすはこの私、逃げれば要らぬ戦を呼ぼう。

────しかし、

────やはり民草に酷だ。逃亡は無い。


否めるばかりの塔の主に、臣下は声を張り上げる。

────ならばどうなさるお積りですか。


主は応えず。
代わりに答えんと云わんばかりに、鉄蹄と松明が城へ近づく。
見ればそれは騎馬の軍勢。槍に剣に斧に石弓、鎧兜に鎖帷子。
塔に近づき足を止め、主を見上げて騎士が問う。

────オーケルヴィーネの公よ、枢機卿がお怒りだ。
    村7つ、街2つ、城一つの教会の、釘から銅鐘、十字架までもさらう理由は何か。
    直々裁判が行われる故、早急にここへ出頭せよ。

主は応える。

────相分かった、今すぐそちらに出向きましょう。



その場を振り向き階段を降り、門へと向かう主を追って、臣下が問う。

────何故に。何故に。貴方に罪など有る筈も無く、何故咎無き咎問われに行くと。

見れば門前に城の民。
妻に忠臣、妾に門番、下働きに召使、下男に牢中の罪人まで。
皆が門の内に居座り、主を止めんと立ち並ぶ。
しかし主は止まらずに────



門が開いた。


驚き振り返る城の民。
主は既に門の外。
騎士らに従い縄を打たれ、馬に乗せられ城を去る。その際に、帽子を被る主がのたまう。

────皆、息災に。

騎士と主は風の如く城を去り、残されたのは哀れな民のみ。











夜の街道をひた走る中、彼を捉えた騎士が問う。

────何故かの如き仕業を為した。

塔の主はぽつりと呟く。

────あれを、天の彼方へ帰らしめる為。


そうのたまった帽子の下には、ぎろぎろ輝く虫の目玉。











薄暗い部屋の中。
中途半端に上げられたブラインドから日光が降り注ぎ、立ち込める埃に反射する。

部屋の隅に据えつけられたモニターの前で、誰かが溜息をついた。
同時に煙がぽうと広がり、室内に白いもやが広がっていく。




何処かで中型犬が吠える声がした。
金属製のゴミバコか何かが倒れる音もする。
二階下の小うるさい中国人のおばちゃんが怒る声も響いた。

最後に、誰かが非常階段を大慌てで登ってくる足音と共に、

「ここか────────ッ!!?」
鉄扉がぐばーんと開いて雑誌記者、肩で息をしながら全然さっそうとはいかないご登場。
何だか汚れてておまけにくさい。変人女が半ば呆れ顔で尋ねる。
「……………あんた、何やってんの?」



第二九龍城とも呼ばれる東京湾岸の巨大スラム。
ここに、変人女の住居は有る。
この周辺の違法建築は留まる所を知らず、まさに内部は部外者にとって大迷路も同然。
つまり、
「…………迷ってたんだよ。悪いか」
洗面台を借り、雑誌記者は濡れタオルで頭と体のヨゴレを落す。
おおっと耳の後ろからリンゴの皮発見!
「じゃー何よあの大騒ぎは?」
「この部屋が分からなくなって、手当たり次第訪問してみたんだよ」
そうしたら、
一部屋目。開けたらそこは禁制品ペットショップの裏口で、犬に吠えられた。
二部屋目。開けたらそこは巨大なゴミ捨て場で、生ゴミ雪崩から必死で逃亡した。
三部屋目。開けたらそこはどっかの飯屋の厨房で、タン壺の中身を引っ掛けられた。
………おかあちゃんこわいです。ボク万魔殿に迷い込んじゃいました。

「────あんたねえ、これで来るの何回目?記憶力粘菌以下?」
「未だ三回目だしこんな立体迷路覚えられるか!しかも毎回道順変わってるし!!」
「……あー、そういえばこの4、5階下で地震で崩れて立て直してたっけ。そっか、そやね」
本当に大丈夫かココ。


閑話休題。
「で?俺をお前ン家まで呼び出した理由は?また何ぞウイルスでも拾ったか?」
「んー、ソレなんだけどね。取り合えずマニュアルと道具用意したから」
そう云いながら変人女が何か手渡してきた。
軍手、マスク、工具一式に謎の紙束。
紙束を開くと、部屋の間取り図と────配線図?
「何だこりゃ」
変人女がタバコを一息に吸って、ほうと吐いてにやりと笑う。

「模・様・替・え」



のこのこやって来た雑誌記者がバカであった。

お陰で現在、Theもりそばひっくりかえしちゃった☆ワールドの地質改変を強いられている。
一組¥100もしなさそうな軍手を付けて、勿論一人で。
「てゆーかこのPCの配線!!どうすんだよ!?」
「その為にマニュアルがあるのよ?ちゃーんと仕事しなさいな、お給料出したげるから♪」
「俺は雑誌の編集者で引越し屋じゃねェー!!」
「引越し屋呼んでどうすんのよ。第一ココまで入って来れないしさー」
俺はどうなるんだオレは!?
という文句は心中に仕舞い込み、雑誌記者は代わりに気合を入れてラックを持ち上げた。
「…………あ、そこ配線、まだ」


ギニャー





ようやく半分、取り合えず休憩。
未だにそれはめんつゆであると信じる茶色の液体を飲みながら、雑誌記者は一息つく。
全く、マニュアル作るヒマが有れば一緒に手伝えばいいのに。

変人女を見れば最初に来た時から一歩も動いていない。
隅のPCモニターを見ながら何かやっている。

「…………お前、模様替え人任せで何やってんだ?」
「んー? ……うん、コレ終わったら、手伝うから」
そう云ってまたPCに向き直る変人女。
ひょいと脇から画面を覗いてみた。
────どうもメールを見ているらしい。画像が三枚と本文が少々。いたってシンプル。
画像は何かのレリーフの様なものらしく、雑誌記者には読めない文字が並んでいる。
「────あ、ちょっと。何見てんのよ」
気付かれた。仕事に関係有るのだろうか?
誰からのか聞いてみると、

「 ……────アメリカの、友達から」
そう云って、再びぷいと画面に戻った。



何処と無く歯切れが悪い。一体何だろう?
そう云えば彼女は、昔アメリカで何かやらかしたというのは聞いているのだが…………
もう一度背後に忍び寄り、変人女の頭越しにひょいと覗く。
「何だこれ?宇宙人の文字か?」
「覗くな。それに茶化すな」
雑誌記者の顔の前に自分の頭を出して視界を遮ってくる。ムキになっているようだ。
調子に乗って更に覗こうとすると、
「────ラテン語よ!」

ベキッ!雑誌記者の鼻っ柱に頭突き一発!
もんどりうって倒れる雑誌記者に彼女が一言。
「しかも相当古い奴。あたしも辞書無しじゃ解読に時間が掛かるようなの。OK?」
「…………あー、分かった」

取り合えず大人しく引き下がり、雑誌記者は鼻ツン交じりに模様替え後半戦を開始した。
その間も変人女はPCを覗き込みながら何かを呟いている。
目ぇ更に悪くなりそう

「是に有るは天下りし…………再び天に放逐す…………」
────どーにも、聞こえるように云ってるとしか思えない。
「”おぅ、ケル、ヴぃね”? …………”オーケルヴィーネ”?変な固有名詞」

変なのはお前の態度だって、と思いながら変人女を観察する。
────どーにもさっきから目が合うんですが。何ソレ誘ってるの?
と、変人女の目が留まった。

「1573年?」

はっきりとした大きな声。チラ見していた雑誌記者も驚く。
「何だいきなり!?1500なんたら年が、どしたって?」
「え? …………いや、何でも」
再びしおしおと引き下がる変人女。らしくない。本当にらしくない。何故だ?
「どうせ欧州の骨董品か何かだろ?ならそんな西暦が書いてたって何の不思議も」


「この物体が外宇宙からの飛来物で、構成物質が”チルソナイト”でも?」





目が点になった。
見事に場違いな言葉が出てきて頭が混乱する。

「────”チルソナイト”?そりゃ、お前…………」
「そうよ。
 つい最近無重力下で合成に成功した珪酸アルミニウム合金。知ってるでしょ?」
いや、そうじゃ無しに。
「地球軌道上の生産プラントで、この前ようやく量産が始まった素材よ。それを────」
いや、だから。
「放射性物質の年代測定でもほぼ同じ。つまり、誰かが1573年に────」
おい。
「誰かが”チルソナイト”でこの”棺”を作って、外宇宙に打ち上げた」

変人女がメールの4枚目の画像を指し示す。
────そこに映っていたのはまさに”棺”だった。
      少し劣化して、尚も真新しく銀色に輝き、暗黒三次元の海に浮かぶ。


いや、それよりも。



「────お前、俺にそんな事云っていいのか?」
雑誌記者の言葉に、彼女ははっと気付いた。興奮気味だった顔色が瞬時に戻る。
しゅんとなって再びPCに向き座りなおすと、謝るようにボソボソ呟いた。
「……ごめん、今の嘘。冗談。  …………そういうことにしといて。お願い」

そう云ったまま、変人女は押し黙る。





こんこんこん、こんこんこん。こんこんこん、こんこんこん。

まるでモールス信号のような音が沈黙を破る。ノックの音だ。
「ああ…………お客さんか」
変人女がゆっくりと腰を上げ、自ら玄関を開けに行く。少しだけ扉を開いた。
隙間の向うに、来客の黒いコートの姿がちらと見える。生白い肌が印象に残った。
「ごめん、ちょいと話してくるから。待ってて」
「ん?おう」

何故か玄関に置いてある、木製の便所ぞうりに足を通す変人女。
そのまま、変人女は玄関から出て行った。









模様替えのホコリがようやく治まってきた。変人女のタバコの残り香を嗅ぎながら、


────さて。

あの変人女の反応は、何だったのだろう?
いつもは人を小馬鹿にした態度で、真剣なのかどうかも分らない顔と言動。

それがさっきは一体何だ?
見るな聞くなと云っておいて、その反面こちらに聞いて貰いたいとばかりの独り言。
────もしや、本当に聞いて欲しかったのか?
聞いて欲しくないという建前と聞いて欲しいという本音がせめぎ合ってたのか?
考えるだに恐ろしいが変人女はいわゆるツンデレだったのか?
「…………んなわけねー」
何か有って言動が混乱していたのだろう。その何かとは恐らく、
”アメリカの友達”から送られてきたメールの、あの”棺”。


変人女はPCを付けっぱなしで出していた。
その”棺”の画像がモニターにしっかりと映っている。
画像はやけに明暗が鮮明で、成る程月面とかの宇宙映像っぽく見えなくも無い。
雑誌記者が目を凝らして文字までよく見ようとしていると、

────スクリーンセーバーに切り替わった。

もう五分、いや雑誌記者の体感では十分は経ったか?
変人女は何をそんなに話しこんでいるのだろう。
あの黒服は何者だったのだろう。
アレが家主の陳さんか?確かに線の細い東洋系の顔に見えたが。
ぼんやり味も素っ気も無いロゴが、只黒い画面を転々と移動するのを眺める。





────と、
玄関先でモヤモヤと人の声がする。彼女が戻ってきたのかと思ったら、

ドンドンドン!ドンドンドン!!
いきなりドアが強く何度もノックされ、雑誌記者は思わず驚いて腰を浮かせる。
「え!?…………ああ、はいはい!!今、今開ける!」
はて鍵は閉めてなかったハズだがボケたかあいつ?そう思いながらドアを開けた。



玄関先に、スーツ姿の男が三人立っていた。

屈強で体の大きい、軍人を思わせる風格の白人と黒人。
その前に少し小柄な、しかし一般日本人位はあろうかという初老の紳士。
────彼女、ではない。

「彼女は?」
目の前の初老の紳士が、あっけに取られる雑誌記者に問いかけた。
「…………は?」
「プロフェッサーは、何処ですか?」
突然の事態に頭が廻らない。なんだこいつら?変人女の知り合いか?
しどろもどろの雑誌記者の態度を見て諦めたのか、紳士が顎で合図した。

「うわ、ちょっと!?」
狭い玄関に背後の男二人が無理矢理入り込む。彼らの勢いに突き飛ばされる雑誌記者。
そのまま上がりこもうとする白人と黒人。しかし────
「止まりなさい」
小さな老紳士の一言で大男二人が制止した。紳士が一言。

「靴は脱いで上がりなさい。この国では怒られますよ?」




謎の三人は変人女宅へと上がりこんだ。
ご丁寧に黒く新品のように磨かれた靴を、ぴっしりと礼儀正しく三足揃えて。
唖然として呆けたまんまの雑誌記者の目の前で彼らが行ったのはそう、言うなれば、

借金取りの家捜し、もしくは強制捜査。

徹底的に調べまくっている。
書籍やらノートやらは勿論の事、本棚の裏ゴミバコの中、トイレのタンク内に至るまで。
更には、妙に膨らんでて雑誌記者も以前から気になっていた押入れの前に立つと、
「お前達二人で支えてなさい。その隙に私が調べます」
「了解」
何で、了解?
と思ったら押入れを開けた途端大雪崩!
二人の大男が必死で支え、それでも漏れてくる衣類やら下着やらを紳士がまさぐり、
そして呟く。
「ありませんねぇ。彼女も居ないし、感づかれましたか?」

何がしたいんだこいつら?

しまいにはカーペットを剥がそうとか相談し始めている。
「あの〜…………何か、お探しで?」
恐る恐るの雑誌記者の質問に老紳士が答える。カーペットに手をかけた大男達を制止。
「記憶メディアです」
「へ?」
「つい最近、ここに外部から記憶メディアが送付されて来ませんでした?それを探してます」
記憶メディア?
先ず雑誌記者の脳内に思い浮かんだのはメモリーカード。
後はCDとかMDとか…………
「炭素繊維の集積体に合成樹脂を塗布し感光させ像を浮かばせた物と思われますが」
────先生全く分りません!と心のツッコミ。
「この国の言葉で、そう────”シェシヌ”とか呼ばれてましたか?」
何そのおフランス系言語。そんな気取ったモンが日本語にあるとでも…………


思いついちゃった。


「────それってもしや、”写真”ですか?」
「ん、そうだが?何だ繰り返し聞かないと分らんのかね君は?」
分らんて普通。発音おかしいし。
「そう、”シャシヌ”。ここに”シャシヌ”が最近送られて来ませんでしたかね?知りませんか」
郵便までは把握してないしー、つか日本語勉強しろクソ外人ー、と思ってはたと気付く。
「もしかして、コレの事ですか?」
雑誌記者は立ち上がると、PCのマウスを動かしてスクリーンセーバーを消し去った。


「何だこれはー!!?」
どんな反応だ!
「これは…………妙に気になる機材だったが、もしや外部記憶媒体の一種なのか!?」
何故そんなに驚く!というツッコミは無しにして、
「えー……と、まあデカイですけど普通のPCですが。んで、メールで来たのがコレで」
「もしやこれは情報網端末の一種でもあるのか!?まさか!!」
「えー、まあインターネットには繋がってますが」
「気付かなかった」
何処の田舎モンだこのオッサン。
もうツッコミ所満載で床が抜けそうですー、と思ってたら
「こんな原始的な端末が現在も存在するとは…………驚くべき事です」
あれ?なんだかバカにされてる気がするぞ?



「成る程、情報網を通じて転送された訳ですね。よく漏洩を考えなかったものですな」
どうやらその”棺”の画像が探していたモノで正解らしい。
「…………ソレ、一体何なんですか?それに────」
彼女は?
まだちょっと話をから帰ってこない。
もう30分は経った。彼女とこいつらは関係が有るのか?
それに確か、変人女の事をこいつらは”プロフェッサー”と呼んでいた。
「────アイツの事、何か知ってるんですか」



紳士がニヤリと笑った。
口元の、しかも端の方だけを歪ませて。



「順を追ってお答えしましょう」
老紳士が懐から何かを取り出した。
小さなリモコンのような、携帯にも似た何かの機械だ。
掌の上に乗せて少しソレをいじったと思うと、ヒュンと小さな音と、光の放射が起こった。

「な!?」
「────おや、ホログラフィは初めてですか?」
光の中に、あの”棺”が浮いている。
大きさは両手に持てる位だが、間違い無い。
「我々の保有する物体のデータです。外装はチルソナイト製、少々風化してますねぇ」
浮かび上がった立体映像に、紳士が指を触れる。
たちまち一部分が個別ウインドゥに拡大表示された。あの文字刻印の部分だ。
「表面には古ラテン語が刻印され、そこには年号、地名、そして────来歴らしきもの。
 ”オーケルヴィーネ”…………”オーケルハイム”。ふむ?……ほう。
 文体からしても間違いない、これはルネッサンス期ヨーロッパの産物でしょうなあ」

変人女の推測とほぼ同じだった。
「彼女はコレの分析を依頼されていた。そしてそれをさせない為に攫われてしまった、と」
「え?」



────今、何と。



また老紳士が笑った。
唇の片端だけ歪ませる、独特の。
「誘拐されたんですよ彼女は。この物体を簒奪、確保しようという連中にねぇ」


機械を仕舞う老紳士。立体映像の”棺”も掻き消えた。

「我々はこれより彼女を彼らから奪還しに向かいますが────貴方は、どうします?」










薄暗い廊下を進む足音。

「確かなんだな?」
「ええ、15分程前にレベルAのデブリ警報が有りました。以降プラントは沈黙しています」
「軌道警備隊は何をしていた?”アーク”の移動予測くらい出来ただろう」
「移動開始と同時に強力な電波ジャムが発生したそうです。それで行動不能に」
「全く…………」



薄暗い管制室の中。
正面に巨大なスクリーンが設置され、世界地図と幾つもの波線が表示されている。
キツい天然パーマに大きな鼻、口ひげのデブが吠えた。
「待て!?ンな馬鹿な!」
「エージェントからの報告によりますと、どうもそのようだ、との事で…………」
「16世紀の人工衛星だと!?非常識すぎる!!いいかもう一度確認して、」

突如、背後の扉がバカンと開いた。

さっきまで否定語を駆使して喚いていた肥満体の男が振り返った。
数人が入ってくる。
モニターの灯りによって、見慣れているといえば見慣れている制服姿が浮かび上がった。
その上には、────新聞で見慣れたハゲのムッツリ顔。

「国防長官!?」
肥満男の奇声に管制室のスタッフ達が一斉に振り向いた。
国防長官と呼ばれた男が片手を上げる。

「諸君静粛に。気にせず作業を続けたまえ」




コレがいわゆる、ツルの一声。
一時停止していたスタッフ達が、再生ボタンを押されたように再び仕事の続きを始めた。
「相変わらずヒステリックだな、プラント企画室長」
「キ、恐縮です。申し訳」
「ごたくは結構。現状を述べたまえ」
室長と呼ばれた男が手近なモニタを操作し、映像とデータを数枚呼び出す。
「現在の”第5軌道プラント”の映像です。ギリギリの望遠ですので画像が荒いですが」


────巨大な構造物だった。
人工衛星や宇宙ステーション等比でもない。
幾つもの巨大な輪が、回転しながら浮いている。
”軌道プラント”。
軌道上にて様々な物質・素材を生産する工業施設である。
重力より開放された空間により、地上では生成の難しい物を生産しているのだ。
プラント自体は国有だが、内部管理の大部分は民間に委託している。
つい先日、新素材チルソナイトの量産が各プラントで始まったばかりだった。



その巨大人工構造物に、

これまた巨大な人工構造物が食い込んでいた。


「”アーク”です。
 ご覧の通り衝突しているにも関らず粉砕していません。何かで制動されています」
「では、こいつは何らかの意図を持って動かされているということか」
「恐らくは」


その物体はプラントの巨大な3っつの輪の内一つを破壊し、
更に別の輪にまで食い込んで、そこで抉るようにゆっくりと回転している。
まさに”棺”。
正し、少々歪んだ。
白く輝くその姿はどこか宗教的でもあり、神秘的な雰囲気も併せ持っている。
その”棺”の蓋が少しだけ開いており、隙間から脊椎骨の様なモノが数本、延びていた。
「あの節っぽい腕の様な物────我々は”アロンの杖”と呼んでいますが、
 報告ではプラント全体からチルソナイトを収集しているそうです。ほら、あそこに」
ポイントで示された”アーク”の部分に、チルソナイトのインゴットがへばり付いていた。
成る程、歪んだ棺に見えたのはそのせいか。



「────で?あの”アーク”の中には何が入っていると考えている?」
「は!? …………いや、現時点では、そこまでは」
「まさか、石版とかツボが入ってるとは思っとらんだろうな」
国防長官がじとっとした目で室長を見つめた。
室長は大きな鼻柱に冷や汗がどっと吹き出し水玉を作る。
「貴様ら全員、シュミが悪すぎだ」

「室長」
オペレーターの一人が呼びかけた。
「エージェントから通信です」







雑誌記者は、機上の人となっていた。

自分以外にはあの初老の紳士と、白人と黒人の大男。他には誰も居ない。
恐らくだがこの航空機はチャーターされているのだろう。

「────正直、貴方が付いてくるとは思いませんでしたよ」
老紳士がにやりと唇の片方を歪ませ、笑った。
結局あの後変人女は一時間経っても戻ってこなかった。
携帯電話も通じない。
九龍城の住人達に聞いた限りでは、彼女は黒服の男と共に街から出て行ったそうだった。



「”メン・イン・ブラック”というのをご存知ですか?」
勿論知っている。
曲がりなりにも謎と怪奇の話で喰ってるのだから、知らなければおかしい。
UFOや宇宙人を調査する人々の前に現れ調査妨害を行う、正体不明の黒服達の事だ。
────まさか、彼女はそいつらに連れさらわれたとでも?
視線を老紳士に向けるが、そのままにやにやするばかりで答えなかった。

「まあ、これから行く場所に着けば多少は判明するでしょう」
老紳士があの機械をいじる。
地球のホログラムが浮かび上がり、その一部が拡大された。
ヨーロッパらしい。少々ロシア寄りの辺り、その一地点がチカチカ点滅する。

何度見ても見事な立体映像だ。
こんなものを使い慣れているからこそ、彼らは変人女のPCに驚いたのだろうか?

「東ドイツ地方都市、”オーケルハイム”。楽しみですねぇ」







「…………”ガラダマ”だと!?」

国防長官が目を剥いて驚いた。
その表情に室長はまた挙動不審になる。
「そうです。エージェントからの通信だと、”アーク”は”ガラダマ”を形成し始めていると」
「バカな、巨大過ぎる!”アーク”は長径200m弱だぞ!?」
「そうです。”アーク”の中身は巨大な、約180m級の”ガラダマの怪物”である、そうで」

室長が眉をひそめている。
「”ガラダマ”?それに、怪物とは、一体」
何も知らないらしい。
「41年前貴様は生まれてなかったかもしれんが、何処かで聞いたことは無いのか?室長」


────”ガラダマ事件”。
 41年前、日本を中心に巻き起こった隕石群落下と、それに伴う混乱を指す。
 隕石落下後、その隕石から怪物が飛び出し暴れまわったという『風聞』である。
 世界各地で怪物が暴れまわったとの報告もあちこちで駆け巡ったのだが、

 その話はその後急速に収束した。
 全て噂。
 根も葉もないホラ話。
 一般的にはそう認識されている。


「その話が真実であると?そんな」
「本当だよ。
 記録がなくとも人々の記憶には残っている。何より当時、私も日本で目撃した」
困惑する室長のプヨ腹を視界の端に置きながら、国防長官は呟いた。

「────確か当時は”ガラダマ・モンスター”、通称”ガラモン”と呼ばれていたか」












とある、鄙びた教会の礼拝堂。


奇妙なステンドグラスが、十字架に色とりどりの陽光を投げかけている。

ステンドグラスが表すのは、聖書の一節でも、聖者の戒めでも、竜退治でもない。
斧を振り下ろした男。
首の無い男。
見守る王と神父。
見物する民衆。




それは、首切りのステンドグラス。





その前に、二つの人影が佇む。
『────で、伝えてどうすんのこんな情報。一般的にはヨタ話でしょ?』
『恐怖感を煽れば嫌が応にもよい働きをせざるを得ないだろう。だからだ』

『こちらも移動する。お前の気が変わらぬ内に』
背の高い方が、少し低い方の背中に何かを当てた。
背の低い方の長い髪が揺れ、眼鏡に光が反射する。
『──こーんなもん使わなくったって、逆らわないし逆らえないわよ。知ってんでしょうに』



そのまま二つの人影は、礼拝堂の出入り口へと向かっていった。








薄暗い管制室で会話が続く。
「────では彼らは、現在ドイツに向かっていると?」
「いえ、既にドイツ入りしています。地方都市オーケルハイムという場所に」
外部通信オペレーターと国防長官が直接会話している。

この場の責任者であるべき室長はといえば、
管制室の脇でふうふう言いながらコーラをぐびぐび飲んでいた。

「オーケルハイムというと、コイツに書かれてたラテン語の中のアレか」
「そのようで。ラテン語文書の内容をベルリン大学に問い合わせていたそうです」
「問い合わせ?ベルリンに?」
「何でも、オーケルハイムに似た伝承はあるか、”怪物”の一部は保存されてないか、と」
「何だ怪物の一部とは。文書内容では天空に放り出されたと…………」
「ええ、しかしその部分を執拗に聞いていたようで。──例えば心臓とか、脳ミソとか」

国防長官の眉は、エージェントの独走に不快感で歪んだ。
しかし命令は出来ない。
────なにせ彼らは、自分の指揮下ではなく”協力”関係なのだ。
コーラを飲み終えのっそりとこちらへ向かう室長の頭越しに、再度の中継映像が映る。



『”アーク”が、二つ目の軌道プラントへ襲撃を開始しました』
















異国の石畳。

見慣れない建造物。
尖塔に付いた十字架からして、恐らく礼拝堂だろう。


雨上がりの石の上で滑りそうになって、雑誌記者は慌てて体勢を立て直す。

────溜息混じりに上空を見上げた。
さっきまで電車の中から見ていた土砂降りは上がったらしい。
今にも落ちてきてしまいそうな青空が有る。
雲ひとつ無い。

その中に、まるでシミのようにぽつんと浮かぶ白いモノ。
────聞いた事がある。あれは軌道プラントだ。
大きすぎて昼間の肉眼でも捉えられるのだ。
晴れた日には日本でも良く見えたが、ドイツのこんな片田舎でも見られるとは。



いきなりブルネットの青年に話しかけられた。
よく見れば周囲は結構な屋台が出ている。この青年もその内の一人らしい。
何を云われているのか分らない。
恐らくドイツ語だろうが、執拗に絵葉書を押し付けてくる。
うやむやにソレを受け取ると、その青年は今度は何かを要求してきた。
────もしかして金か?そう思いついた瞬間、
ちゃりりん。
横脇から出た手が青年の掌にコインを落とした。
青年はドモドモと片言のお礼を述べながら、似合いもしないお辞儀をして去っていった。

「ですから、両替しておきましょうと云ったのに」
あの老紳士がお供の大男二人を連れて現れる。
雑誌記者は礼を述べた。
「折角だからこの教会の中に入りましょう。観光名所だそうですよ?」




雑誌記者の手の絵葉書には、こうドイツ語で書いてあった。
  『〜ここはオーケルハイム、錬金術師伝説の街〜』






礼拝堂内部は思った程のモノではなかった。

一応床のタイルは磨き上げられ、美しい光が窓から柱のように差し込んでいるものの、
いつかTVで見た豪奢な礼拝堂とは比較できない。装飾も最小限だ。
例えるなら、質素。
鄙びている。
城の石垣のような無骨な壁面が露出しているのも拍車を掛けている。

だが、意外と観光客は多い。
ドイツ内部だけでなくアジア人の姿もあった。中国人らしい。
雑誌記者も『ジャパニーズ?』と問われた挙句、日本語版のパンフを手渡される。





────こんな片田舎の古教会に、何故人々が集まるのか。

その理由は、すぐに分った。
前を行く年配の白人夫婦が感嘆の声を上げる。
彼らと同じ方向を眺めて、雑誌記者も同様な声を上げざるを得なかった。

ステンドグラス。

全部で8枚のステンドグラスが、教会の窓にはめ込まれている。
礼拝堂同様に垢抜けない感じがするものの、描かれた内容は人々を魅き付けていた。
雑誌記者はドイツ語が分らないが、それでもステンドグラスの絵なら分かる。
順路沿いに、そのガラス細工の物語は語られていた。





────それは、教会に残る文書からでは1500年代後半の出来事。

 一枚目。
昔、ここに居た領主の話。
彼はペスト禍に襲われたこの一地方に、どこからともなくやってきた。
名を”オーケルヴィーネ”。不可思議な術を使い、人々を黒き鼠の悪魔より救い出した。
彼は錬金術師であった。

 二枚目。
彼は領民を困らせる領主を追放し、民に乞われて代わりの領主となった。
錬金術を使った術で城に不思議な仕組みを取り付け、領地を富ませ、民に慕われた。
教会は、快く思わなかった。

 三枚目。
突如、天より焔が降って来た。その内より現れたのは赤い奇怪な怪物。
田畑を荒し、街を破壊し、黒死病よりも恐ろしい病を撒き散らし、地獄をこの世に齎した。
錬金術師は、立ち上がった。

 四枚目。
彼の城に難民が押し寄せた。教会は支援を打ち切っていた。
嘆く民を城に入れて勇気付け、遂に迫った赤い怪物を、彼は城の錬金術で押し返した。
彼は、英雄であった。

 五枚目。
錬金術師は策を講じた。荒れた領地全てからあらゆる鉄と金属品をかき集め、
奇妙な土や鉱石を運び込み、城の脇に大きく高い鉄の塔を作り上げた。
鉄の塔の材料に、教会の十字架でさえも。

 六枚目。
彼は赤い怪物の心を捉えた。心を持っていたのは悪魔の化けた学生だった。
学生を捕らえ焼き殺し、怪物の心は井戸に投げ込み埋めて蓋した。
怪物は、心を失い倒れてしまった。

 七枚目。
怪物を塔に運び込み、巨大な銀の棺へ閉じ込め、彼は塔に火を放った。
錬金術の力によって塔は天へと飛び去って、遂に怪物は遥か彼方へと追放された。
彼の城に、馬が向かった。

 八枚目。
彼は教会に捉えられた。神に仇為す異端の罪で。
弁明に費やす時間も無く、彼の首は処刑人の斧の露と消えた。
人々は、嘆いた。






『────”オーケルヴィーネを慕った人々は、彼の業績を忘れぬ為にこのような
 美しいステンドグラスを作ったのです。
 教会の追求からも守り抜きました。
 例え戦争中であろうとも、この八枚のステンドグラスを守り抜いたのです』


パンフを見ながら最後のステンドグラスを見上げる。
確かに、首切りのシーンだ。斧を振り下ろした男の前に、首の無い男が跪いている。
「────んん?」
少しだが違和感。
勿論唐突かつ理不尽な終わり方というのもあるが、違う。
────そうだ。錬金術師の首が無い。
どう見ても処刑直後のだというのに、ステンドグラスの中に首らしきものが転がってない。
処刑人も誰も持っていない。
地面に有るのは妙に歪な桶が一つだけ。
────まさか、どっかに飛んでったとか後日談があるんじゃ無かろうな?



「おや、ここに居られましたか」
あの老紳士達が出口からやってきた。そういえばいつの間にはぐれたのだろう?
「警備員に聞きました。今朝開門からすぐ、彼女がこの教会に立ち寄っているそうですよ」
「ここにあいつが?」
「そう、妙な黒服の男と一緒にね。大して妙な素振りは見せては居なったそうですが」
どういうことだ。
彼女がさらわれて、大人しく観光していたと?
あいつなら絶対何かしでかして逃げ出すと思っていたのだが。
そんなスキが無かったか────もしくは既に何かされて、操られていたか。

「まあ心配する事は有りません。彼女が向かった先は判明しています」
老紳士がその辺で買った地図を広げ、少し離れた場所を指し示した。
変人女は、この地点への交通手段を聞いていたという。
「この街の名前の由来でもある、”オーケルハイム城跡”────」



老紳士が振り向き、六番目のステンドグラスを指し示した。

「錬金術師”オーケルヴィーネ”が、怪物の心を投げ込んだ井戸のある場所ですね」





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