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見知らぬ町











少年は怯えていた。



学校の帰り道。

見知らぬ家、
見知らぬ店、
見知らぬ人、
見知らぬ路。
それらの向うに、巨大な錆色をしたグロテスクな建造物。
見たことの無い犬が鎖を引いて吠え掛かり、聞いた事の無い轟音と共に列車が通過する。

彼はいつもこうだった。
物心ついた時から見慣れない風景ばかり眼にしている。
少し一所に留まって必死でその風景を馴染もうとしても、すぐにそれらは過ぎ去っていく。
そうして現れる風景は、いつも彼に寛容ではない。


いきなり彼の背後で、サイレンの様な音。
多分地方の片田舎に付き物である有線の音だったのだろうが、彼はその場を逃げ出した。
夕方の商店街をガヤガヤと群れ動く大きな人影達。
その障害物の中をぶつかり戸惑い転げながら、必死で走って逃げていく。
振り向く者も無視する者も、彼にとっては顔無しに等しい。



走り疲れて、ふらふら止まり、植え込みのレンガ囲いに腰かける。

ここは小さな公園らしい。周囲は商店街を抜けたらしく閑静な住宅が並ぶ。
目の前の広場の反対側にある錆の浮いた遊具で小さなものたちが遊んでいた。
傍らではエプロンをした人影が、乳母車の中をあやしている。

────────怖い。
使い古したランドセルの重みと湿り気と温もりだけが彼に安心感を与えた。
────汗が乾き、寒気が走る。
何処からか調子外れの夕焼け小焼けが流れてきた。小さなものたちが引き上げていく。
…………今、何時なのだろう。







「おい」



「おい」

声がする。
「…………おい、お前!」

驚き顔を上げた。
目の前には四つの人影。自分と同じ背格好にランドセルが見える。
「おいお前、確か昨日転校してきたヤツだよな?お前ン家川沿いの団地だろ?」
驚いたまま声も出ない。
こんな所で自分に声を掛けるヤツが?

「もしかして迷ったのかー?ダッセ」
「何云ってんのよ、あんたも引っ越してきた時散々迷ったくせに」
「しょうがないと思うよ?こんな町だもん」
「で、どうなんだよ。わかんねーなら連れてってやるぞ?」
男子三人に女子一人、何処かで見覚えのある顔で────────そうだ。
「折角同じクラスの同じ班なんだから、仲良くしようぜ。ホラ行くぞ!」



夕焼けに染まる山際の国道。
辻の地蔵堂を通り過ぎ、オッサンの乗る土埃で汚れたカブとすれ違う。

手を引かれ、取り囲まれながら彼らは赤っぽいアスファルトを歩いていく。
「おまえどっから来たんだ?」
「何か好きなものある?DS持ってない?」
「でさーあの小田島センセがーうぜえんだよスゲえ、どう思う?」
「あ、ホラ、あそこがよく行くコンビニで、その三軒向うが僕ん家。んで向かいが」

親しげに話しかけてくる彼ら。
そう、確か転校の初日からこうだった。
以前の街では事あるごとに因縁つけられ、突付き廻されていたというのに。
悪い気はしない。
しかし疑念は晴れない。
────実は何かの罠ではないかと、疑いが脳裏から離れないのだ。


「どうしたの?元気ないねえ」
紅一点の少女が顔を覗き込んできた。思わず顔を引くと眼に夕日が飛び込んでくる。
夕日に照らされ過ぎたのか、頬が熱い。
「ハハ、赤くなってンのこいつ!」
からかいの声に再び顔が地面を向く。今まで耐えてきた時のように、自動的に。
「おいおい…………何てーか、暗いなぁ」
はしゃいでいた四人が一斉に黙り込む。
申し訳なく思いつつ、彼の喉は動くことが出来ない。


「…………────そーだ!」
女の子が沈黙を破り、皆が一斉に振り向いた。
「この子あそこに連れてってあげない?あたしたちのヒミツ基地!」
「あそこにか?でもいきなりは……」
「新しく友達になるんでしょ?ならいいじゃない、友達の印に!ねえ!」
「んー俺は別にいいけど。なあ、お前は?」

飛び出た単語に彼は眉をひそめる。
…………ヒミツ基地?
今時、そんなダサいものを?
一体何処の幼稚園児か、それとも一昔前の小学生か?
ませた思考で呆れかえる彼は、いきなり手を引かれつんのめった。


剥げた白線のアスファルトを途中で曲がり、土の畦道を駆けていく。
飛び出た石に躓こうが体も足も前に出る為、転んでいるヒマも無い。
「云っとくけどな、絶対に誰にも云うなよ!親にもセンセにもクラスの連中にも!」
「俺らだけの秘密の場所だ、分ってんな!?」

何を云おうがお構いなし。
彼らに連れられたその先には、小さな山の獣道が伸びている。
「ほらほらほらほらー!」
今まで街中にしか居た事の無い彼にとって、石と赤土の狭い坂道など未体験だった。
足がズリ落ち、頬を小枝かかすめ、木の葉が背中に入り、ひっつき虫がチクチク痛い。
それでも彼らは早足を止めず、彼の手を引き背中を押した。
「体力無いなー、お前」
「ホラホラっ、休むより一気に登った方が楽だよッ!」
「後ちょっとだ、頑張れー!!」
既に周りは薮の中。
一体ココは何処なのか、何でこんな事をしているのかそれにしても夕日が眩しくて──



視界が開ける。

「うおっし、到着」
全員の加速が弱まり、草と土の上に停止した。
山を覆う薮を抜けたらしい。開けた所で、草に覆われた展望台みたいな場所だ。
荒れに荒れた呼吸に血の匂いが混じり始めて彼は咳き込む。もう限界だ。
「おい大丈夫か?ホレ」
リーダー各の男子が膝を突いていた彼を助け起こす。女の子が背中をさすってくれた。
開けた場所の頂上に連れて行かれる。そして、

「ホレ、見ろよ」






夕日に照らされ、朱と黒のコントラストに彩られた町並が広がる。

「何────…………これ?」
この町に来て始めての言葉が、少年の口から出た。


町が、蠢いている。
連なる鉄塔が歩き、立ち並ぶビルが振るえ、煙突が煙を吐いて踊っている。
遠くの巨大な赤錆色の工場が、首をもたげて一声吠えた。

「いい光景だろ?町全部が見渡せるし」
「ここが、あたし達のヒミツ基地」
「喋ンなよー?大人に知られたら絶対来るなって云われるしな!」
「おおー、アソコの奴また吠えてるぞー」











不知ヶ谷町。

ここは、町並みに化けた怪獣達の住まう町。













男は腹を立てていた。


何に腹を立てていると問われれば、はっきりその対象を述べることは出来ない。
漠然とした怒りである。
強いて言えば『世間』とでも云いたい所だが、それは彼のプライドが許さなかった。
────漠然としたのもの相手に怒るなど、不毛なことでしかない。
彼はそう思っている。

彼は今居るこの町の出身だった。
だがこの町に流れる時間や物や人々に、彼は物心付いたときから馴染めなかった。
14歳頃には嫌気が差し、両親に頼み込んで高校から一人暮らしを始めた。
大学もはるか離れた場所、そして就職は東京の一流企業へ。
恋人も出来た。
故郷など知る由も無い。
知ったことかと。
あんな腐れ澱んだ故郷は捨てて、都会で輝ける人生を満喫する。
それが彼の人生設計。

その筈だった。



『不知ヶ谷町に行ってくれないかね?暫くの間なんだが』

シラズガヤ。
よもや、上司の口からそんな言葉が出ようとは。

何でもそこでの郊外大型ショッピングセンター事業に会社が参加するらしい。
その担当として、男は選ばれたのだ。
若手の中でも飛びぬけて優秀な手腕と人望、なにより予定地の町出身である。
それが理由。
社長直々の激励を受け、男はそれに笑顔で答えた。
内心に、嫌悪と憎悪を煮え繰り返させながら。






久々の故郷は、相も変わらず違和感のある空気だった。
見栄えだけは立派な駅前のファーストフード店、その一席に男は座っている。
目の前には既に冷め切ったコーヒーが一つ。

先に現地入りしたヤツとミーティングの待ち合わせをしているのだ。
これが初顔合わせになる。話では全国の支店を転々としているらしい。
ここでの仕事の相棒になる。
────────タライ廻しか。ろくなヤツじゃ無かろうな。男はそう思う。



実際、本当にロクなヤツではなかった。

へこへこしながら店内に入ってきたそいつは、30分も遅れてやってきたのだ。
いつもの彼なら軽く注意しただけで流しただろう。
しかし忌まわしき故郷の空気に触れている男にとって、感情の喫水線は余りに低い。

そいつは座ってもへこへこしながら『井之上です』と名乗った。
「いやいや申し訳ない、一週間前にはここに入ってたんですが、道に迷いまして」
「いい大人が、そんな子供じみた言い訳を?」
男は指でツカツカ机を突付きながらなじり、、井之上を睨む。
「いやそれが、この町道が分りにくいんですよ。地図だって役に立たないし」

…………井之上は腰がアリの背丈よりも低いものの、結構なおしゃべりらしい。
地図上では道があるのに袋小路だったり、
目印の建造物に近づけなかったり、
そんなこの町でコレまで体験した四方山話を、面白おかしく投げかけてくる。
────その人懐こさに男の心も少し緩む。が、
「もう結構ですよ。仕事には関係ないですし」
「ん?おやそうですか?他にも色々面白い話が有るんですが」
これ以上はもういい。そんな話は自分の方が良く知っている。

この町の出身なんだから。

「おやそうでしたか!いやあ失礼仏の耳に念仏でしたなぁ!」
珍妙な言い回しに男は思わず失笑した。…………まあ、気を許す位はいいだろう。
男は井之上に対して、そう判断した。


「あ、で、えー急で申し訳ないんですが、これから町役場の担当と面会がありましてー」
先に云え。







「ありがとーございましたぁー」

間延びしたアルバイト店員の声に送られて少年達がコンビニから出てきた。
手には袋一杯の駄菓子。
チョコバーにかっぱえびせんにチューチュージュース。
ビニールの取っ手が指に食い込む程の量だ。とても食べきる自信は無いが…………

「はぁ?俺らが食うわけねーじゃん!」
「しょうがないじゃん知らないんだからー。いい?これはね、エ・サ」
「…………エサ?」
少年がその疑問符を投げかける前に、彼らは一斉に走り出した。




商店街を走り廻り、小さなアーケードに入り、路地裏を駆け抜ける。

「何のエサだって?あの怪獣達の分にきまってるじゃん!」
「何処に居るかなんてわかんねーよ!!町中走り回ってたら見つかるって!」
「あ!あそこ!あの神社の杜!動いたよ!」
「アレで間違いないと思うけど、ちょっと待って、ハア、脇腹イタイ、むぐ」
「あららー、元気やねえ、今日も怪獣と遊びに行くんかい?」
「「「「は────い!!!」」」」
「後で家の庭のヤツにも会いに来てくれなー?寂しがっとったし─…………」
「はーい!また今度会いに行きまーす!」





彼らの姿を認めるたびに、人々は声を掛けてきた。
今日はどこそこの庭に怪獣が居る、あちらの道筋に移動している、向うのはそのままだ。
町中をうろつきまわる怪獣達の居場所を色々と教えてくれる。

少年は、今まで感じたことの無い雰囲気を町から嗅ぎ取っていた。
違和感、とでも云うのだろうか?

────────ゆるい。
ゆったりとした、ぬるま湯のような、されど春の木陰のような感覚。
これまでどんな町に転校した時でも、人々は自分に対し我関せずとせかせか動いていた。
しかしこの町は皆、ゆったりと動いている。
急いで慌てて余裕の無い人間など只の一人も見かけていない。
自動車ですら、そうすることが無駄だと知っているようにのんびりと走ってゆく。



「そりゃあそうだろ?急いだってあんま変わんないんだしさ!」
「いくら道を覚えて急いでも、その道を怪獣達が通せんぼしするし意味ないしなー」
「ホラ慌てんなって!そっちにゃあのデカブツが居座ってるだろ?」
「ま、待ってたら動いてくれるし。はい、ジュースいる?」
「急がば回れとも云うしなー。慌てない慌てない、ひとやすみひとやすみぃ」



一見して袋小路に見得る場所で彼らは立ち止まった。
そこで、まるで信号でも待つように彼らは道端でヒマをつぶしている。
…………よく見れば目の前に有るのは壁ではない。
テトラポットに電柱が生えたようなヤツの群れが、いそいそと眼前を通り過ぎていく。

ふと、横の生垣から声が聞こえた。
覗いて見ると、縁側でおばあさんが独り言を石灯篭に呟いている。そう思ってたら、
にゅっ。
石灯篭が首を伸ばして、おばあさんの手の大福をぺろりと平らげた。ぐえっぷと息一つ。
少年の唇が思わず変な鳥のクチバシみたいに伸びてしまう。
「…………何変な顔してんの君?」


「お────い!」

何処からか声が聞こえた。ビックリして周囲を見渡す。
「おーい、こっちこっち!!」
「え?…………あ!あそこ!!ツジーだよツジー!!」
女の子の指差した先には、大きな10階建てマンションが三棟。
それが土台からゆらゆら揺れながら、町の中心を流れる川を渡っていた。
「ヤバイわー!おれ明日学校行けないかもしれんー!!先生に伝えといてー!!」
「えー?今度どこよー!?」
「多分飯盛の方だと思うけどー!?大家さんが云ってたー!!」
「むっちゃ学校近いじゃねーかー!落ち着いたらちゃんと来いよー!!」

よく見ればマンションは巨大な怪獣の背中に生えている。声はそのベランダからだ。
大声で呼びかけていたツジーとやらは、声をこだまさせながら揺られている。
「大変だなーツジーん家いっつも」
「父ちゃんが買ってから後悔したって云ってたな、家探すのに苦労するって」
「でも面白そうだと思うけど?」
「ええぇ────〜〜〜……?」

彼らのダベる声を背景に、少年の眼は川を渡り終えたマンション怪獣を追う。
やがてマンションは町内の小山の稜線の向うに消え、見えなくなった。





「ホラー、通れるようになったよ?早く行きましょ!」
女の子の声に、少年はやっと我に帰った。









長々とした石段を登って、どうにもコンクリっぽい鳥居をくぐる。
「よーし到着!!…………おーい、大丈夫かー?」


「大…………丈夫、……はあ、ハヘ、ひい」
リーダー格の男子が階段下に呼びかけて数秒後、少年がへろへろと辿りついた。
どうやら基礎体力が全然違うらしい。太めの男子でさえ自分より先に到着したようだ。
一体、彼らの無限エネルギーはどこから来ているのだろう?
「今日はどのへんにする?」
「んー……あの樹の辺りなんてどうだ?何かちっこいの新しく来てたろ?」
「おけー。じゃあ行くぞー!」
何処に?と少年が質問をする暇も無く彼らは駆け出し、神社の杜へと入っていった。

やがて一本の大木を見つけると、皆ひょいひょいと登っていく。
あの菓子袋を手に抱えたまま。
「お前、今日もクマかよ」
「見るな────────ッッ!!」
「ん?お〜いどうしたよ?早く登って来いよー!」
木の下で躊躇し見上げていた少年は、その声にせかされる様に幹に足を掛けた。


「…………お前、実は体育苦手だな?」
尻を持ち上げ腕を引っ張られようやく太い横枝にたどり着いて、少年はぼやかれてしまう。
少し申し訳ない気持ちになってしょんぼりと頭を掻いた。
「まぁまぁ、いいじゃん!それより始めよっ!」

リーダー格の男子が、唇に手を添える。
「見てな?」


ピィ───────────…………


口笛一つ。何事かと思って見ていると、


ざわざわざわ。
ざわざわざわざわ。
目の前の樹冠が、風も無いのにざわめき始めた。
こちらを包み込むように枝が動き、見えていた空を覆い隠す。

後ろでお菓子の袋を開ける音がした。
「よっしゃー居た居たやるぜー!って、うぉあちょっと待てっておい、ちょ、パス!」
いきなりかっぱえびせんの袋が放り投げられた。
思わず受け取った少年が飛んできた方を見ると、一人が木の葉に覆い隠されている。
「ほら!ない!もうないから!寄ってくんな!」
声を上げて両手をぶんぶん振り回すと、木の葉はするすると離れていく。

「そんな近くで開けるからだろー?あーあ唾まみれ」
「うひー、きったネぇ」
かっぱえびせんを手に持って少年がおろおろしていると、少女が一つ横からつまんだ。
「コレはね、こーすんの。それっ!」
つままれたかっぱえびせんが、木の枝に向かってほいと投げられる。



消えた。

更に他の男子達もかっぱえびせんをつまんで投げる。
その度に少年は落下の軌跡を眼で追うが、いずれも地面に着く前に掻き消えてしまう。
────よく見れば、消えた辺りに妙なものが浮いている。
目玉だ。

手のひら位もある三白眼が樹冠の揺れと共に動いて、かっぱえびせんを捕らえていた。
いや違う、これは多分…………
「樹そっくりだろこいつら?でも結構大人しいんだぜ?」
痩せた男子がけらけら笑いながらうまい棒を剥き空中に差し出した。
その先っちょが、見る間にたちまちぽりぽりしゃくしゃくと無くなっていく。

「ほら、お前もやっみろよ!欲しがってるぜ?」
指差された方に振り向くと、小さな木のコブみたいヤツが物欲しそうにこっちを見ている。


少年は袋からチロルチョコを一つ取り出す。
剥いてチョコを目の前でひらひらさせると、ひょいと投げてみた。










「え〜、株式会社アイルステックの橋池さん…………ですか?少々お待ちを」

そう云うと、役場の若い公務員は慌てて応接間を出て行った。
男はいらつきながら腕を組み、横でコチコチ鳴っている木製の時計を見る。
既に役場に到着して一時間、担当者が未だ来ない。

男の止まらない貧乏揺すりを井之上が見かねたらしい。
「まあそうイライラせずに。我々だって遅れてきたんですし、しょうがないですよ」

────────確かに、自分たちも遅れてしまった。
役場は数年前に移転しており、その場所を地図で確認して向かったのだが
結局再び道に迷ったのである。
大きな農道のド真ん中を妙な堤が通せんぼし、
目印にしていたマンションはいつのまにか位置を変えた。
気付けば、マンションは川の対岸に移動していたのだった。

だからといって、一時間以上相手に待たされる謂れも無いと思うのだが。



「やー失礼失礼申し訳ない!昼飯食いに出てたら迷っちゃいまして!」
そう云いながら役場の担当者が扉を開けて入ってきた。役場の観光課の人間らしい。
そしてその後からスーツを着た恵比寿みたいな年配の男も入ってくる。
担当者が掌を返して紹介した。
「あ、こちらがウチの町長」

というか、今はもう午後の三時半だ。
自分達が来る前に昼飯に出て、来た後もずっと迷ってたというのか?




とりあえずツッコミたい気分は内に秘めて挨拶、そして名刺交換。
そのまま事業計画の打ち合わせに入る。しかし、
「…………予定地候補すら決まっていないと?打診してきたのは何ヶ月前ですか!?」
「いやぁすまんすまん、一応ここがいいかなという場所は有るんだがねぇ」
「いつのまにやらそこを高圧電線の鉄塔が横切っちゃいまして。暫くは無理ですなー」
一から万事までこんな調子。
どうやら殆ど下準備はしてなかったらしい。

「しかしそちらからの計画依頼である以上、ある程度の下地は整えて貰わないと……」
「いやーまあ、それほど急がなくてもいいかなと思ってね。なあ田尻君?」
「え?ハイ、ええまあそうですねえ。焦らなくてもねえ?」
問い詰めようとしても、のらりくらりとかわされる。

「────いいかげんにしてください!!」

遂にキレた。
何なんだ。
この町は今でもこうなのか?
まるで変わっていないのか!?
本当に貴様らやる気があるのか!?
そんな態度取り続けるなら本社に直接報告して
早急に引き上げてこの話は無かった事に────────


「ちょ、橋池さん」
井之上に止められて男は気付いた。
目の前の担当者と町長、更にお茶を持ってきた女子職員が引いている。
開かれた扉の向うでは、恐らく全職員がこちらに注目していることだろう。
「…………失礼、どうぞ」
なるべく平静を装って男は座りなおした。
これ以上話せばろくなことはならない。
後は井之上に任せて、男はなるべく身も心も静寂を保つことに勤めた。





役場を出る頃には、もうすっかり夕方だった。
「…………あの〜、大丈夫ですか?途中で怒ってからずっとだんまりで」
「大丈夫ですよ、ご心配なく」
心配する井之上をあしらいながら駐車場の車へ向かう。
次は借りた仮事業所の確認。今日中にそこまでは済ませて、本格的な仕事は明日だ。
そう思っていたら、
「…………すいません、事務所の場所もよく…………」
────だろうと思った。もう頬を引きつらせるのも疲れた。
兎に角移動しないことには話にならない。
とっとと車を出そうと役場の隣の敷地にある駐車場へと向かっていくと、


出入り口に、ブロック塀が出来ていた。







夕日が落ちてくる。

遠くの高い三本杉の上でカラスが鳴いたと思ったら、三本松がもそもそ動き始めた。
カラスは慌てて飛び立って、松の木に迷惑そうに抗議している。



「どう?面白かった?」
また怪獣の移動待ちをしている横で、女の子が聞いてきた。
無口であった少年の口から、思わず言葉が零れる。
「へ!?…………う、うん」
「あたりめーだ、ここで面白くないとか抜かすんなら俺がブッ殺してやる!!」
「ヨージ君、ぶっ殺すとか云わないッ!」
「まぁ〜た出たよミキキの『云わないッ!』、ケケケケケ」
彼らの掛け合いに、少年も自然に笑った。
何故だろう、この町ではこんなに笑えるのは。どれほど久しぶりなんだろうか?

少年の脳裏に、出て行った母親と連れて行かれた妹の後姿が浮かぶ。



後ろからクラクションが鳴り、びっくりして飛び退いた。

「ありゃ〜…………またか?」
国産の白といういかにもありきたりな自動車の運転席から、中年男性が顔を出している。
少年には見覚えのある、というより忘れては困る顔だ。
「お父さん?」
「ん?ああ〜お前か!何してんだこんな所で〜。帰り道か?」
少年の声に、他の連中も自動車の横に集まってくる。次々に自己紹介。
「で、こっちがツカハラでこのデブちんがオージー。ってかおっさんとお前似てるなー!」
「ヨージ君、そんな事云わないッ!」
「はい出た今日5回目〜」
「数えてたのかよ」

賑やかな夕方の道端。小学生達の掛け合いを父親は微笑ましく見つめる。


「井之上さん、何をグズグズしてるんですか?」
助手席から声がした。
その声の温度の低さに、はしゃいでいた小学生全員が静まり返る。
少年が父親越しに覗くと、助手席には父親よりも若い男性が乗っていた。
「…………誰?」
「……さあ」
此方を見ている視線に感情は無い。
…………いや、ほんの僅かな、含み。
少年にはソレが感じ取れるものの、一体何かは判断できない。

「どうせこの道も見たとおり行き止まりでしょう?さっさと元のT字路まで戻りませんか」
「ああすいません橋池さん!そうですね、急ぎましょ」
そう云うと父親はシコシコと窓を閉め始める。今時パワーウインドウで無いとは。
その父親の手を、男が止めた。
「────君が、井之上君の息子さん?」
「え!?はい」
「この町は、楽しいかい?」
「は…………はい、とても」


少年は刹那も考えずにそう答えた。
本心からそう思っていたのだろう。
その答えを放った瞬間、男の視線に込められた感情が少しばかり増したように感じた。


「失礼、行きましょう」
「んん?ああはい!じゃあなー。夕飯までには帰れよ〜?」
そういってやっと窓を閉めると、自動車はバックしてT字路まで戻り別方向に入っていった。
「あ〜あ、あっちの方角コイツの進行方向だぞ?また道無くなってるぞ多分」
「なあお前、あのイケ好かないおっさんお前の知り合い?」
少年は驚き、全力で否定する。
「だろうな、あいつ絶対友達少ないと思うぜ?」
「はいそんな事云わないッ!ほら、通れるようになったよ?」

見れば目の前に有った薮だらけの堤は消えて、ずっと向うまで続く細道が出来ていた。
再び皆で歩き出す。
夕日が落ちて、迫る夕闇。
ようやく三本松も落ち着いて、カラスはようやく寝床に留り騒ぐのを止めた。


彼らは一番星を探そうとはしゃいでいる。もうあの男のことなど忘れたらしい。
瞬いているであろう一番星を探しながら、
少年はあの男に向けられた感覚について、ぼんやりと考えていた。















何か香ばしい匂いがする。

何処からかウインウインという機械音。スズメの鳴き声が耳につく。




「お、もう起きたのか?早いなぁー」
何時もは朝起きるともう居ない父親が、洗面所でヒゲを剃っていた。
「…………おあよ」
「顔洗ったら朝ごはん食べなさい。出来立てだから旨いと思うぞ?」

狭い洗面所で父親が脇により、少年は水を出して顔を洗う。
「お父さん、今日休み?」
「んん?いや今から出るけど。何だどうしたんだ?」
「だって、お父さんまだ居るし」
「────────そりゃまあ、まだ七時前だしなぁ。こんな早く出たって仕事無いぞ?」
顔をタオルで拭きながら後ろを振り向くと、確かに時間は未だ早い。
というより、こんなに早く起きたのはどれくらいぶりだろう?

「何だ、早起きなのに頭冴えてるな」
父親のツッコミに少年はキョトンとした。
冴えてる?何が?
「お前、睡眠不足だと会話が宇宙人みたいになるからなぁ?それがちゃんと話してるし」
そうだったか?
確かに少年はあまり寝起きの記憶を持たないタチなのだが。


もふもふとトーストとベーコンエッグを頬張っていると、父親がスーツを着込んだ。
「じゃあなー?多分今日は遅くなるからー」
「いっつもでしょ?大丈夫、洗濯物取り込んどくから。ご飯は炊いとく?」
「ん、頼む」
狭い玄関先で父親が革靴を履く。靴べらを差し込みながら、父親が聞いてきた。

「この町には慣れたか?」
「…………ん?ん〜、まだ全然」
「その割には、最近随分とワクワクしっぱなしじゃないかお前?」
「え?」
父親が此方を見てくすくす笑った。
多分少年の顔を見たに違いない。
何がおかしかったのかはとんと見当つかないが。

「じゃあなー、あんまり出歩きすぎて遅くなるんじゃないぞ〜!?」
父親はそう云って、鉄のドアをバタンと閉めた。


見れば時計はもう7:20。そろそろいつもの起床時間だ。
醒めてきた紅茶をくいと飲み干し、少年は重ねた朝ごはん用皿一式を流しに持っていく。






マグカップを洗いながら、少年の心はこれから一日に起こるであろう事に馳せていた。
今日のこの町は、一体どんな顔を見せてくれるのだろうか。






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 田舎に帰りました

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ハシケです。
結局、田舎に帰りました。


相変わらず無茶苦茶な田舎です。このご時世に我関せずな雰囲気です。
自分らばっかりのんびり構えていて、本当に忙しい人の事なんて考えていない。
だからこそ二度と帰ってきたくなかったのに、クソクソクソクソクソFurkFurk!!






…………すいません取り乱しました。

実家には帰っていません。
帰るつもりもありません。
自分で部屋借りてそこで寝泊りする予定でしたが、そこにも数回しか帰っていません。
殆ど眠っていませんが。
というより眠れませんが。
自分周辺の連中の尻拭きに奔走するばかりで仕事もたまりっぱなしです。
ブログ更新も滞るかもしれません。今もこれは転勤先の事務所から書いています。









最後に一つ。
この町が一番嫌いな理由。

町ぐるみで怪獣を放置しています。

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[20**/**/** 20:23] 未分類 | トラックバック(0) | コメント() | この記事のURL | TOP ▲
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 コメント

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( ゚д゚)


( ゚д゚ )


                   [20**/**/** 21:19] URL | 悟娘[ 編集 ] TOP ▲
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あんだけ嫌ってた田舎に結局帰ってしまったとは、ご愁傷様です。
なるべくご自愛下さい。

>町ぐるみで怪獣を放置しています。
マジ?


                 [20**/**/** 22:05] URL | ShioShio [ 編集 ] TOP ▲
--------------------------------------------------------------------


ハシケさん大丈夫か〜?
ネタにもなってないですよ〜?

                   [20**/**/** 22:18] URL | 富竹 [ 編集 ] TOP ▲
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なんてかハシケさんレベル下がったな。
とっとと仕事済ましたら少し休養しろ。


                 [20**/**/** 22:31] URL | みょーん [ 編集 ] TOP ▲
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空気嫁>みょーん

その故郷の田舎町ってどこですか?行ける所なら行って力になりますよ!
教えてください!

              [20**/**/** 22:46] URL | レナドラグーン[ 編集 ] TOP ▲
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ツマンネ

               [20**/**/** 23:13] URL |監督のメガネ [ 編集 ] TOP ▲
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帰れ腐女子
ちくわでオナニーして潮でもふいてろ




















m9(^Д^)プギャー

                  [20**/**/** 23:15] URL |みょーん[ 編集 ] TOP ▲
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もしかしてハシケさん、田舎って某県の不知ヶ谷町のこと?


                  [20**/**/** 23:17] URL |Kちゃん[ 編集 ] TOP ▲
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ふちがたにって何処それ。

                 [20**/**/** 23:29] URL |にっぱー♪[ 編集 ] TOP ▲
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『しらずがや』、詳しくはググれ。>にっぱー♪
で、本当の所不知ヶ谷町てどうなの?


       [20**/**/** 23:42] URL |赤坂の料亭からお送りします[ 編集 ] TOP ▲
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   知 ら ん が な 



                  [20**/**/** 23:55] URL |タカ34歳[ 編集 ] TOP ▲
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「…………────ふむ」
コーヒーを飲んで、男は憂鬱交じりの溜息をつく。


町外れの再開発地区、そこの新築ビル七階にある事務所。
男の会社のこの街における事業所となる場所である。

この町に来て2週間ほど経ったっのであろうが、殆ど曜日の区別がついていない。
忙しすぎる。
相棒の男はへらへらしっぱなしで頼りにならないし、町の連中はペースが違いすぎる。
誰も彼もが自分の思い通りに動いてくれず、男ばかりが奔走している。
そしてその結果も、空回り。


唯一日課のネット巡回だけが男を外界へと繋げているようなものだ。
しかし、その時間も日に日に減っている。
自分のブログで五日前にグチをこぼしてから返信すらしていない。
町の空気に飲まれそうな自分に幻滅し、自己嫌悪に陥りながら仕事を黙々とこなす。

────良くない。この傾向は良くない。
この町を飛び出す直前の心理状況を思い出し、更に欝が加速する。

こののんびりとした嫌な空気を紛らわそうと、仕事を中断してネットを開く。
どうせ監視する上司も同僚も居ないのだ。
巡回先を数箇所廻った後、男はふと自分のブログの返信を見ていないことに気付いた。
確認してみる。



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明後日辺り、Kちゃん達といっしょに不知ヶ谷町に凸してみますっ!
ハシケさん、もし会えたら一緒に食事でもしましょう!



               [20**/**/** 20:38] URL |レナドラグーン[ 編集 ] TOP ▲
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────どうやら常連数人がつるんでここへやってくる流れになっていたらしい。
日付はおととい、つまり来るのは、今日。
しまった。
off会でも会ったことはあるが、正直あんまり来て欲しくなかった。
躁なオタク集団で何故か自分と馬が合う連中であり、正直縁は失いたくないのだが……
「こんな所が故郷なんて、正直話せるかよ」


外を見ると、ここと同じような新築テナントビルが計六つ。
────────確か町長から無理矢理もぎ取った計画書では、確か三つだった筈だ。
そう考えていた瞬間に、またもう一つビルが端に増えたのを確認して、

男がしたのは、絶望の溜息一つだった。


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