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ガイアスカタス








とりあえず今日は何処かおかしい。



久々の非番に呼び出されてみれば本庁の手伝いだとかでパトカーに乗せられ、
今、夜になっても市内の住宅街の一角に陣取っている。

兎に角街の空気がおかしい。そう思う。

周囲は閑静な住宅街。街灯が豊富で薄暗がりも少なく、
この時間になれば団欒の時間も過ぎ、やがて寝静まる為の準備を始める頃合である。

だというのに、この落ち着かない空気は何だろう。




『九号車ー、定時報告まだか』
「あーこちら九号車、特に異常なし」
全く適当な受け答えだ。
取り合えず見た感じ何事も無いのだからこの報告でよかろう。
あの小奇麗な新築の中で一家惨殺事件が起こっていようが知ったこっちゃ無い。
どうせ分かるわけないんだし。それよりも────

「────まだか徳サン」

徳サンは先輩のうだつの上がらない老警官なのだが、
夜食喰った直後に「ハラいたい」とかいって近所の公園に走って行ったまま、戻ってこない。
下痢か便秘か、アンパンか牛乳の期限でも切れてたか。
それとも、フケてコンビニでヤニ補給でもしてるのか。

────────いらない事が脳裏をぐるぐる廻ってしょうがない。
ええい全く。
街の空気に感染したか、気がソゾロになってしょうがない。
蒸し暑い空気が、更に不快感を加速させた。






こんこん。

こんこん。


何かが窓ガラスを叩く音に跳ね起きる。
慌てて車内から周囲を見回し、真横の窓に白い顔が浮かんでいてぎょっとした。

少女の顔。

小さな女の子が覗き込んでいる。
途中でバッサリ切ったようなツインテールに、袖も襟も伸びきったセーターを着ている。
────こんな初夏の最中に、セーター?

「ん?どうしたの、何?」
取り合えず窓を開けて親しげに話しかけてみる。
妙な雰囲気の少女だった。
傍にはまるでお守りでもしているように、黒猫が一匹侍っている。
着ているセーターは毛玉だらけだし、髪もお世辞にも纏まっているとは思えない。
しかも余りまくった袖の途中に穴を開け、指を出していた。



その指が、差し出されてくる。
「おとしもの」
窓越しに掌を出すと、その上にポトリと何かが落とされた。
────────10円玉。
「おばあちゃんが、おとしものはけいさつにとどけろって」

少女と眼が合った。
よくよく見れば驚くほど眼が目立つ顔をした少女だった。
円らな瞳というよりも、
どんぐり眼というよりも


────そう、ギョロ眼と云った方が似合う。
異相だった。


「…………ん、そか。ありがと」
愛想笑いをして礼を述べると、少女はてててと夜道を去り、黒猫も後ろを付いていった。
後に残ったのは薄汚れた10円玉のみ。
何故か湿った土が付いている。
落ちてたというか埋まってたのではないだろうか?






雑音。

『あー本庁より連絡、”アマノミ”からと思われる回線侵入確認との事』
即座に無線機に向き直る。
『”アマノミ”出現の可能性大、各自警戒せよ』
「……────おいおい、マジかい」

また窓を開け周囲を見回す。
今の所何の異常も認められない。
まさか、何の変哲も無いこんな住宅街にあのハデ好きな連中が来る訳が────



目前に、光の柱が落ちてきた。


「うソッ!マジかい!?」
見上げれば、少し欠けた月の横に二つ小さな、しかし目立つ光が見えた。
間違い無く奴等の衛星、正確には乗っ取られた衛星だ。
慌てていると無線機が横でがなり立てている。
『九号車────おい、九号車!!返事しろ!!』
「はい!」
『大至急応援を回す、お前は住人のパニックと無茶な追っかけ共を抑えてろ!!』
押さえろといわれても困る。
第一、相棒はまだションベンから帰還していない。



もう一つ光の柱が落ちてきた。
二つの光の柱はやがて収束し地上に巨大な影を為してゆく。



────────怪物の姿が現れた。

一つは凶器の付いた巨大な腕に棘だらけの背中。
もう一体は赤い羽冠に巨大な翼。
互いにこれでもかという程ド派手で、極彩色の光を周囲に振りまいている。
更に二体の怪獣の上に何やら光る文字やグラフの様な物が現れた。

いきなりすぐ傍の家から大音量の音楽が鳴り響く。
同時に二つの怪物のものらしき足音や、破壊音も家の中から聞こえてきた。
あちこちで電気が灯る。
住人が騒ぎ始めたらしい。既に飼い犬らしき吠え声が彼方此方で響いている。




慌ててパトカーの拡声器を取り出した。
怪獣に負けじと、上から指示された録音音声を大音量で流し始める。

『こちらは警察です。現在この周辺区域に避難勧告が発令されました。
 周辺電網が電子テロリストに攻撃を受けています。
 場合によっては生命に関る事態の危険性がありますので、速やかに避難を……』

本当は恐らく”攻撃”どころの話ではない。
既に電網は”占拠”されている。だからこそこんな芸当も出来るのだ。
────この、悪趣味なショーの主催者達は。


『繰り返しお知らせします。こちらは警察です。現在この周辺区域────』
「?あら?」
音声が途切れた、と思ったら、
『……────ピ────ギャラギャラグララララララララオルゴルゴルゴル!!』
いきなり奇怪な鳴き声のような音が耳をつんざいた。
無線機から声が入る。
『警視庁サーバ経由でお前の車両の電脳にも侵入されてる!
 電源とエンジン切って肉声で避難民を誘導しろ!手持ちの拡声器あるだろ!?』
「んな無茶な!!」




結局備え付けの筈の手持ち拡声器は見つからず、
本当に肉声で避難誘導するハメになった。

避難住民は眠りにつく寸前だったのだろう、パジャマに上を羽織った人も多い。
で、その避難するパジャマの群れの中に警官も混じっていた。
「…………何してんですか徳サン」
「いや〜ビックリした!!あービックリした!!ん?何で車の拡声器使わんの?」
「ヤラれてんですよあいつらに。本庁経由で」
「ああ成る程。
 だ〜から俺は全車両電脳の本庁リンクなんてキモいから止めろつったんだ」
「あんたのは単に使い方分らんだけでしょうが」



その内避難民の数もまばらになってきた。

残存者が居ないか確認しに住宅街へ入る。
慌てて避難した住民達の落としものがそこいらじゅうに散乱していた。
家々は電気が付きっぱなしで放置されている。
その中からは、
咆哮や、
足音や、
破壊音や、
ビームの音に妙な電子音にフルオーケストラの戦争音楽まで聞こえてくる。

頭上では、相変わらず二大怪獣による一大決戦の真っ最中。
────まるで、超巨大な屋外映画館にでも迷い込んだ気分だ。





人影が居た。
子供が居た。


「……────おうい!」
子供が振り向く。
直ぐに分った。先程のギョロ眼の少女だ。肩口に先程の猫を乗せている。
何故かネコ車を押していた。
「何やってんだお嬢ちゃん!早く皆の所に避難を」

「おとしもの」
そう云って、少女がネコ車を此方へ向ける。
載っていたのは、
鍵。
財布。
上着。
タオル。
ラジオ。毛布。まくら。鉢植。バスケット。
────────そして泣き喚く赤ん坊。

「おばあちゃんが、おとしものはけいさつにとどけろって」
少女は無表情でそう云って、また先程の様にててて小走りして、
喧騒のと静寂の入り混じる夜の住宅街へと消えていった。
只一つ、





去り際、肩口の黒猫がぐにゃりと哂った事を除いては。












「クマノミ?」
「違う、『アマノミ』だって」


交差点を渡る人込みの中に、異様に目立つ人影。
頭一つ抜けた背丈のひっつめ髪が、白衣にキルトのロングスカートを翻しさっそうと歩く。
その隣を、スーツ姿の人影が人込みを掻き分けながら必死で付いていく。
「んで?そのアマメハギとかいうのが何?」
「いや、だから『アマノミ』だってば」


本日の雑誌記者、変人女と連れ立ってお出かけである。

まあ毎度の事ながらこれはデートなどではなく、コレはれっきとした仕事なのだ。
────変人女の引越し先探し。
どこが仕事だというツッコミ禁止。これは大御所スミ先生直々の指令である。
スミ先生が厳選に厳選を重ねた超リッチブルジョアマンション最上階ブチ抜き部屋を、
ゴージャス見学しに行く。
それが目的。
つかどーみても猫に小判豚に真珠です本当にry)

「ほほー、それで?オナモミが何したのさ?」
「…………わざとかお前?」
「さ、ね」

さて、スミ先生ご推薦のマンションは地下鉄を乗り継いで行かねばならない。
そう思って地下鉄の階段を下りようとすると、変人女が華麗にスルーした。
「え?待てオイどこ行くんだよ」
「残念だけど、アタシあのマンションには行かないの。もっとイイトコ知ってるから」
「────は!?何処だよ?」
変人女がふふんと笑う。
「おばあちゃんとこ。あ、途中コンビニに寄るから」



コンビニでありったけのビールとツマミとお菓子を買い込み、変人女は手に下げた。
何処へ行くのかと雑誌記者が思っていると、どんどん妙な所へ入り込んでいく。

裏町、高速道のガード下。
ダンボールハウスがずらずらと並んでいる。
間違い無くホームレスのねぐらだ。
昼真っから寝ている髭ツラのオヤジがじろじろこっちを見てくる。
何かヤダ。くさいし。
「10代の深窓のお嬢女子高生みたいな事云わないの。おばーちゃーん!来たよー!」
「ちょ!おま」
変人女の大声にダンボールハウスが一斉に蠢き始めた。
慌てる雑誌記者をよそに変人女はねぐらのド真ん中へと進み出る。と、

「────────は〜ぁい…………」

ガード下の向う側から返事がした。
見れば、汚れた服装に身を包んだ小さな老女がよちよちと歩いてきた。
「アラ貴方?お久しぶりねえ、何かあったの?」
「んー、ちょっとね。ああハイこれお土産、皆で分けてー」

「おお、これはこれは」
「いっつもすまんねーェ」
「ありがてェ!ありがてェ!」
気付けばいつの間にかその辺中のホームレス達が寄ってきていた。
既に宴会モードである。
「ああ、もうどんどんヤっちゃってドンドン!!ささ!」
何故だか、変人女はその輪の中に自然に混じっていた。

「……俺どーすりゃいいのよ」
雑誌記者は一人ポツンと残されてしまった。
何でこう変人女の知り合いっておかしな連中が多いんだろうか?
とりあえずパクったポッキー一袋分をポリポリ齧りながら、彼は変人女の姿を眺める。





眼が合った。

何かと思った。

────ホームレスの中に、少女が一人立っていた。
背丈は低くやせぎすで、眼だけが異様に目立っている。
年は小学校低学年位だろうか?
伸びきりほつれた毛玉だらけの大きなセーターを、ワンピースみたいに着込んでいる。

その大きな眼で、雑誌記者は見つめられていた。
その瞳は間違い無く一般的日本人の黒い虹彩であるにも拘らず、
それとは違う何かを想起させる。


否、見つめられているというよりも────────




「あらチーコちゃん、お帰り」
あの老婆が少女に声を掛けた。
「チーコちゃん久しぶりぃ!何処行ってたのー?」
変人女も知り合いらしく、親しげに声を掛ける。老婆の孫か何かだろうか?

「あらら、また警察に落し物届けてきたの?えらいわねえ」
良く見れば、少女は両手に何やらガラクタを下げていた。
「ああ、警察の人がくれたのねコレ?
 じゃあその辺に置いておきなさいな。ん?よしよし」

少女の横にはこれまたノラらしい黒猫がうろうろしている。餌付けでもされたのか。
とか雑誌記者が冷静なフリして観察していると、
「あれ〜?何アンタこんなスミッコでロンリーポッキーやってんの〜?かもんかもおん」
「うわちょおまおも、…………ってお前、もう酔ってんのか!?」
「今、『重い』と云い掛けたな貴様?あたしに『重い』と云うつもりだったな貴様??」

老婆が茶色のボトルを逆さにしていた。
「あらあらうふふ」
「ぶるはははははははタブーを口にした罰じゃ押しつぶしてくれる──!!とうっ」
「ゲぶッ」





取り合えず酒盛りは小一時間で終了。

雑誌記者は鼻からポッキー大流血という最小限の被害で済んだ。
止まんないけど。
変人女はといえば、何と既に酔いから立ち直っている。
「んー、あたし酔うのも早いけど醒めるのも早いんだわ、いや便利便利ー」
……こいつの肝機能には、ノーベル級の新発見が隠されているのかもしれない。
人体は偉大だ。

「あーそーだおばあちゃん、前置き長くなったけど」
「ああそう、アレね。おいでチーコちゃん」
────先程の少女がてててと老婆に寄って来た。当たり前だが酔ってはいない。
だがそれにしてもあのドンチャン騒ぎの中に居たとは思えない程、無表情だった。
「で?何を見てもらうの?」
「コレ。この中からあたしに一番いい物件探して貰えるかな?」
変人女が取り出し手渡したのは、コンビニで買ったと思しき不動産情報誌。

雑誌記者も割って入る。
「────何が始まるんだ?」
「ん?ああコレ?まあ何だ、あれよ。占いみたいなもん」
占い?
いつも科学の僕みたいなこと抜かして暴走してる変人女が、そんなしおらしい事を?
「鼻ポッキー再びが嫌なら黙って見てな」

嫌ですハイ。黙して語らず黙って見ます。
さて、この少女の占いってどんな方法だろう?







日の暮れた帰り道、変人女は上機嫌で雑誌を眺めていた。

占いとやらはあっさり終わった。
少女が雑誌を手に取った瞬間、パラパラと数ページをめくっていき、
一箇所の記事を指し一言。
「あい」

こんだけである。
変な儀式もトランス状態もエクトプラズムもアガスティアの葉っぱも無し。
オカルト雑誌につき星の数ほど占い師や預言者を見てきた雑誌記者にとっては、
はっきり云って拍子抜けであった。
「そゆもんよ。
 でもチーコちゃんの占いってあの辺りでは評判だしね。変なクセあるけど」
そう云いながら変人女は記事に丸をつけ、ページの端を折った。
「クセ?」
「何でも拾って来ちゃうのよ。
 おばあちゃんが落とし物なら警察に届けろって躾けたんだけど、
 最近じゃ警察が迷惑がって殆どチーコちゃんにあげてるみたいね」
「というかな────────あのさ」

そもそも、変人女は何であのホームレス達と親しげだったのだ?




変人女は少し懐かしそうな顔で答えた。

────前にも聞いた変人女の昔の話。
アメリカで何かやらかし逃げてきた後、一時期あの集団の中で世話になったのだと云う。
それ以来小銭が入ると、たまに訪れては親交を深めているのだそうだ。

「あの、”チーコちゃん”とかいう女の子は?」
「んー、あたしが来た時には既にあそこに居たわね。つまり先輩」
ある冬の晩、小雪舞う公園で少女を拾ったというのがあのあばあちゃんの弁。
年齢不詳、出会った時は更にもっと小さかったそうだ。
小さい子だから”ちい子”、訛って”チーコちゃん”となったそうである。

「────てか、あのばあちゃんの血縁じゃないのか?親御さんとかは?」
「んー、一回は警察に届けたらしいけど。名乗りは無かったって」
「それじゃ普通施設とかに入れないか?」
「入れても何時の間にか出てきて戻って来るんだと。で、結局居ついたって訳」
「いいのかソレ。曲がりなりにも子供だし、何か有ったら────」
「いいんじゃない?このご時世だし。それよりもホラ、チチモミの話は?」





はい?

「えーと、違ったっけ?アメフラシだっけ?」

何の事で御座いましょう?
私『アマノミ』の話はしておりましたがそんなおげふぃんな話や軟体動物の話など
毛の先程も蚤の糞程も細胞内のミトコンドリアのケツの穴程もして居りませんが。
もしや『アマノミ』の事で御座いましょうか?

「ああ、ソレだわ。そっちの話しなさいな。仕事の話でしょ?何?」
「…………お前さ、絶対わざとだろ」
「ん?ふふふん」

変人女は少し笑うと、ちろりと出した舌でそれに応えた。












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”ある日街へやってきた

 見世物小屋がやってきた”


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みより->何これ

カネチャン->わかんない
華房 禊->チェーンメール?
カネチャン->違うと思う
みより->トロイとか仕込まれてなかった?他にも来てない?
カネチャン->ノートン先生は静かだったけどなんだろこれ











「さてー、それでは先ず相手の背景関係から説明させて頂きますー」

微妙な顔の雑誌記者。
難しい顔した変人女。
その二人を目の前に正座させて、おかじーが高らかに宣言する。
「あのさ、おかじー君」
「ん?君はナシでよろしいですよ?何でしょ」
「じゃあおかじー、あんま面倒臭い手続きはナシでお願いしたいんだけど。
 省略していい?ぶっちゃけめんどい」
「ダメです!こういう情報関連におけるやりとりは予備知識がモノを云うんですよ!!」



三人のいる部屋、実はおかじーの自宅である。

おかじーに招かれて付いてきたのだ。
ここへ来て外から見た感じは古くも新しくも無い全く平凡な賃貸マンションだったのだが、
開けてビックリ。
あのもりそばワールドが此処にもあった。
しかもそのもりそば率は変人女の元の部屋の比ではない。
既にジャングル、恐怖の樹海が展開されていた。
所狭しと唸りを上げるPCがゴロゴロしていて、そこいら辺中で配線が垂れ下がっている。
只、床の配線に目張りしている等、変人女ルームよりは整理整頓されているのだが。
まあ性格が反映されているというか何と云うか。

「何か云った?」
「何も?」


さて変人女と雑誌記者、何故おかじーの部屋なんぞに上がりこんでいるのか。

「…………『ネットの闇』特集だっけ?」
「そ。編集会議で決定して、んでネット関係ならおかじーが適任だって事に。
 しかも本人ようやく得意分野で能力発揮できるってノリノリだし」
「で、何でそこにアタシが出てくんのさ」
「おかじーがスミ先生と話し合って決めたらしいんだよ。ネットの有名人と対談させよって」
「…………、あのヒゲじじい…………」
「んんー何ですかー?質問なら挙手してどーぞー」



どうもおかじー、ノリノリと思ったらスミ先生の口調にそっくりだ。
伝染性精神疾患の症状なのかあの口調は?
「はいしつもーん。
 ネットで対談とかはいいけど、相手誰か未だ聞いてないんだけどさ?」
「────よくぞ聞いてくれましたフフッ、ふっふっふっふっふっふっふッ」
「はよ云えよメガネチビ」
「…………お前もメガネだろ」
神妙な顔になって含み笑いでタメるおかじー。
そして腰に手を当て背筋を伸ばしプリっとケツ出し変なポーズでバシッととキメて、一言!

「相手は、あの『アマノミ』の構成員です!」




「誰ソレ?」
あ、おかじー膝から崩れた。





『アマノミ』とは、端的にいえば最近話題のネット上クラッカー集団の事である。
────────正し、普通ではないヤツの。
「ほら、最近話題になってる商業用ホログラムでの怪獣バトル町中でかます奴、アレ」
「あーあれ?ネトゲか何かって聞いたけど、違うのん?」
「まあそうなんですが…………半分位はね」




確かに、元は有り触れたネットゲームだった。
キャラを作成し、
コミュニケーションし、
時には戦わせ、
経験と人脈を培う。
いわゆるネットコミュニティを形成し、廃人や厨房もそれなりに生まれたありふれたネトゲ。
その頃はちゃんとした会社が経営していたハズである。

状況が変わったのは数年前。
日本政府機関への何者かの執拗なクラックと風評被害、それにoffでのイタズラ。
そしてその末に起こった、省庁全サーバの同時多発クラックによる大被害。
それらが契機となったのか、かねてから議論されていた電網情報規制法案が復活し
いつの間にやら衆議院を通過、その後間もなく公布されたのだ。

────そして、ネットは変わった。
表向きの『ネット上における風評流説・人心乱堕・そして情報漏洩などを取り締まる』
その文言通り、次々とネットの怪しい部分が摘発されていく。
ネットに流出した情報は発信源が特定できるよう整備され、匿名性は失われた。
逮捕者も何人も出た。
その内ネット各コミュニティも政府に同調し、大人しい雰囲気作りに勤めた。
誰も、ネットで本音を書かなくなった。

表側では。





「────まぁ、ねえ。あの何とかって巨大掲示板も閉鎖したっけ?」
「まだ存続してますよ、管理人もスポンサーも変わって、監視対象になりながら」
「その頃の書き込み、覚えてるな。
 『これでネットの”フロンティア”は完全に潰えた』とか
 『いや、一般人の大量流入の頃から”フロンティア”なんて失われていた』とか
 『マスコミと同じ道を辿るのみ、これが大衆文化媒体の末路』とか」
「ま、ネットが押さえつけられたせいで俺らみたいなマスコミも食ってけるんですけどねぇ」




────ネットの裏側。
一昔前はその境界は曖昧で、多少密度が薄くなりながらも混沌としていたという。
しかし、規制により裏と面、光と影、混沌と秩序は分断され、

────より濃密な影は、やがて跳梁する闇を生んだ。

誰が創ったのかは分らない。
そもそも辿るべき情報が付いていない。
闇から立ち昇ったそのクラッキングツールには、既に『アマノミ』の名が冠せられていた。
元はネトゲのソフトなのは間違いない。
しかし、内実は恐るべき改造が加えられていた。
ウイルスの様にネット領域へ侵入、クラックしてその領域を乗っ取るのである。
そのままその領域でネトゲのプログラムを走らせ、云わば『占領』してしまうのだ。

このクラックツールは高性能なだけでなかった。
オープンソースで自由に改造可能、
しかもそのクラック状況をハデにネット・リアル問わず演出・宣伝できるとあって、
まるで枯野の野火の様にネット上にあっという間に広まってしまった。
警察が追尾しても後の祭りだった。
彼らは所構わず占拠しては大暴れした。
ネットの光側も影側も関係無しに。
やがて『アマノミ』のソースを利用した模倣集団も出現し、『アマノミ系』と総称された。
そして警察と『アマノミ系』の軍拡競争の様なイタチゴッコが繰り返され、

今に至る。





「────で、今彼らのマイブーム?なのがあのホログラム戦な訳か」
「ハデ好きにはタマランでしょうしね。
 携帯型端末の小さな画面やウェアラブル型端末の閉鎖的画面と比べて
 ホログラム型端末は公共性があるし、別にネットに繋いでない人らにも見えますしね」
「何だっけ?あの戦闘に使う自キャラというか怪獣というか」
「バトルアバター、ですね。怪獣に限らずアニメキャラとか色々出来ますよ?」

何時の間にか変人女もおかじーに同調し、話し込んでいる。
ネットに余り興味の無い雑誌記者には、んもー何が何やらサッパリなのだが。

「あのホログラム端末自体も忘れられかけた産物なんですけどね。
 某大型電子関連企業が文部省とか通産省とかと協力して開発して、
 遂には日本全国カバーしようと超ド級ホログラム装置搭載の人工衛星5つも上げて」
「で、その結果採算割れであえなく頓挫。税金in the Dobuと」
「開発関係者も離散してますし。ロストテクノロジー化してましたからね。
 そこを”アマノミ”に付け込まれ、システムネット自体乗っ取られた。
 勿体無いですよぅ」
「お上が手掛かれば衰退するのは産業界の常識だし、自業自得でしょ」

「あの〜…………」
雑誌記者が、恐る恐る割って入る。
「そろそろ始めないか?先方待ってんだろ?ホラ、一応仕事だしさ」


「給料出てないけどな!」
おかじーが胸を張る。
「あたしにはあんまカンケーないしね〜……」
雑誌記者が横を見れば、変人女が欠伸しながら鼻をほじっていた。
ちっとは自重しろって!
「ま、休日使って会社に貢献するんだから好き勝手やらせて貰うもんなー!ヒャッホウ!」
ヤケっぱちかい!

とかツッコんだつもりになって、
取り合えず雑誌記者はヤレヤレと溜息一つ。





早くしろってば。












===================================================================


”兵隊姿の野郎が二人 市中に現れ触れ歩く

 『さあさ皆様お立会い
 紳士も淑女もご覧あれ
 お見せ致すは世紀の怪物
 捕らえられたるはエチオピア
 女子供を百余も殺し
 今尚檻中で牙剥き吠える

 その名は天下の大悪獣 ガイアスカタスと申します────』”


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 件名:弊社発信の迷惑メールの件について
──────────────────────────────
平素は我が社の接続サービスをご利用頂き、誠に有難うございます。

さて、先日より我が社とご契約いただいているお客様より確認のお電話を頂き、
確認しました所、弊社サーバーのウイルス感染が確認されました。
現在メンテナンス中ですが、およそ35000件の迷惑メールが発信されたと思われます。
メール内容は
・件名『Guyascutus *』
・本文無し
・開くと何行かの文章が現れるexeファイルが添付されている
の三つです。

今の所お客様に多大な損害を与える機能は確認されていませんが、
ウイルスが勝手に同じ内容の迷惑メールを無差別にばら撒く為、
回線が重くなるのが確認されています。
お手数ですが、お使いのウイルス対策ソフトを至急アップデートの上
ウイルスを当該メールごと削除される事をオススメ致します。

この度は誠に申し訳ございませんでした。
今後はこのような事態の起こらぬよう、社員一同更に万全な電脳障害対策へと
邁進する所存でございます。



今後とも、我が社の提供するネットサービスをよろしくお願いいたします。












だだっ広いビルの屋上。
中途半端に軋む鉄ドアを開き、濡れたコンクリの上に足を踏み出す。


昨日の夜に降った雨がそこここに水溜りを作り、早急に浮かぶ雲を映している。
並んでボウボウと鳴っているのは、ビルの冷房の室外機。
この陽気に加え室外機からの熱風。
更に水蒸気も手伝い、屋上は非常に蒸し暑くなっていた。
室外機の間を歩きながら姿を探し、ふと振り返って────

居た。
屋上への階段の屋根の上。
一番高い所に、変人女が胡坐をかいて陣取っている。




「よお、ここか」
見上げながら、雑誌記者が声を掛ける。
「何か用?」
無愛想な返事が返って来る。
良く見れば顔に妙な仮面かゴーグル状の物を付けていた。

────いわゆる、ウェアラブル型の端末モニタ。
「いや編集部に来たってのに顔見てなかったからさ。缶コーヒー、いるか?」
変人女がちょいちょいと指を動かしたので、手元へ投げてやる。
上手く受け取った。

「────なあ」
コーヒーのプルタブをいじりながら、また見上げて質問する。
背景の青と白い雲が眩しい。
「何?」
「…………何、見てるんだ?」
「んー、いろいろと。
 つか何?いっつもあたしが会社に居たら迷惑そうな顔してんのにさ」
「…………いんや」
頭上から目線を逸らし、雑誌記者はまたプルタブをいじり始めた。


どうも変人女の様子がおかしい。
一昨日、おかじーの家で『アマノミ』の構成員とやらと対談してからだ。
対談終了後、いきなりあの端末モニタの貸し出しを申し出て、おかじーもすぐ承諾した。
それから、変人女を見かける度にいつもあの変なメガネを掛けている。
────自分が対談中トイレに中座した時、何か有ったのだろうか?

中々プルタブが取れない。
昨日の夜深爪しすぎたのか。







神経質に缶コーヒーを鳴らし続ける雑誌記者を視界の端に置きながら、
変人女は一昨日の『アマノミ』との対談の事を思い出していた。






「こんにちわ」
「…………オコンバンワ」

ネット内で用意された仮想インタビュー室。
接続してみると、何とそこはコタツ部屋だった。

「────季節外れもいいとこね」
「まあ、私のシュミですよ。コタツの閉塞感は安心感を引き出します。
 ミカン、どうです?」
「遠慮しとくわ」

「私が『アマノミ』の一員、”キルロイ”です。よろしく」
上座に和服を着た文人風の優男のアバターがニコニコと座っていた。
何処と無く芥川龍之介を思わせるが、顔だけ現代のイケメン風になっている。
”キルロイ”が掌を差し出すと、宙に小さなプレートみたいなモノを浮かばせた。
「何コレ」
「ユーザー名・アドレス等個人情報諸々……まあ、名刺みたいなもんですよ」
「ふうん」
耳元でおかじーの指示を受け、変人女も同様のものを差し出し、交換する。
「ま、握手みたいなもんと思って下さい。最も、内容が本物とは限りませんが──フフ」
「お互いにね。とっとと本題、入りましょ?」

「────────よろしいでしょう。では」




いきなり横の障子が開いた。
其処に有るのは雪景色の庭でもなく、見事な筆致の山水画でもない。

怪獣同士の戦闘だった。
「今我々がシドニーで行っているバトルデモンストレーション、その中継です。
 この他にも…………」
世界各地で行われている戦闘映像が次々表示されていく。
香港ネオン街上空でのドッグファイト。
デトロイトのコンビナートでの乱戦。
スフィンクスをコケにした砂塵バトル。
日本では、よりにもよって都庁の頂上で破壊光線デスマッチが行われていた。

「いーきなもんねー」
「率直な感想、痛み入ります。クックックックっ」
頬杖を突きながら、変人女は”キルロイ”を睨みつける。
「あんたさ、さっきからアタシの事見ながら何笑ってんの?失礼だと思わない訳?」
「いや、失礼だとは思いますが…………
 ククク、そうですね、失礼です。いや申し訳ない」
変人女の訝しげなしかめっ面に、”キルロイ”は手をかざし謝った。

「うん、では一つ、いい事をお教えしましょう────」







「何か今日、警察多いな」

雑誌記者の声で変人女は我に帰る。
確かに今日、この辺りで聞くサイレンの数が多い。まるで厳戒態勢だ。

────まあ、本当に厳戒態勢ではあるのだが。
端末を操作しながら上を見上げると、これから始まる事態の準備が整った事が分かる。
「何見てんだ?」
声を無視して時刻を見る。
方々で予告されていた時間が、来た。

「来るわよ」




天空より光の柱。

数は三本。
投下されると同時に、町中の音源から派手なクラッシック音楽が放出された。

「んなッ────!?」
驚く雑誌記者を尻目に、投下された光の柱は次々と怪物の姿を成していく。
火炎の山の如き角を持つ四足獣。
細長い六脚を揺らめかせる甲殻獣。
不可思議な構造の角を持つ巨人。

事も無げに変人女が呟いた。
「昨日から予告されてた、『アマノミ』及びその後追い共のバトルロイヤル戦よ」
手前のビルの拡声器ががなり立てた。
怪物の咆哮と妙な解説アナウンスが聞こえてくる。
同時に町中から一斉にサイレンの音が鳴り響き、警察の避難指示がこだました。
「え!?いや、ちょっと!何!?」
「あーもー慌てなさんな!単なる立体映像だから実害は無いわよ。
 でもCPUに被害が出るかもしれないから、一応編集部のPC電源落としてくれば?」


いきなりの事態に混乱する雑誌記者を編集部に帰した後、蠢き始めた虚獣を眺めながら、
変人女は”キルロイ”の云った言葉を、また反芻した。





『────────もしこれが全てデコイ、”囮”だと云ったらどう思います?』












──────────────────────────────────


 【警視庁、『アマノミ系』に対し公安調査庁と異例の連携】

 先月29日に起こった『アマノミ』によるNASDAの管制ホストCPU占拠に関し、
本日、警視庁公安部は『公安調査庁とも積極的に情報交換を行い、共同して
『アマノミ』を追い詰める』方針である事を発表した。
 NASDAにおけるロケット技術は日本の防空の混乱、ひいては周辺地域との
軍事的バランスの崩壊を招きかねない、と云うのが主な理由。既に公安調査庁
から公安委員会へ『アマノミ』に対し破防法適用が提言・審議中であり、更に
自衛隊の情報本部と公安の同調も取りざたされている為、これで『アマノミ』への
包囲網は更に横に広がる見通しとなる。
 しかし専門家からは「既に海外では情報機関による国家間協力関係にまで
発展しており、日本の対応はむしろ遅い」との声も見られる。


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──────────────────────────────────










「んー、連中の攻撃対象には含まれてないみたいだし、大丈夫じゃね?」
「…………そ、か?」
「電気も回線も今ン所問題無し。心配すんな」
なんて事はないといった口調のおかじー。

編集部へと降りた雑誌記者は、とりあえずおかじーへ携帯をかけてみた。
おかじーのいつもの席は空席。
何故かおかじーも一昨日から会社を休んでいるのである。
「にしてもお前、こんなに会社休んで何してるんだ?編集長に殺されるぞ?」
「…………────ん、んー?」
「いやだから、何やってんだって」
「…………ひみちゅー」
「可愛くないから止めれ」
どうもおかじー、話しながら何かしているらしい。

「ふむ。ま、大丈夫編集長には話してあるからなー。スミ先生通して」
何とまあ、おかじーの奴スミ先生と結構懇意にしているらしい。
これがいわゆる類共か?
まあ、この会社のPC関連の仕事はおかじー無しでは成り立たないし、
それ故にクビにもならないのだから、うん。
変人だ。同類だな。
「だぁれがじゃ」
「お前だ。ま、早めに顔出せよ?一応会社の人間なんだしさ」
「今やってるのが終わったらなー、それまでよろしく頼むわー」



ふと気になった。
「────なあ」
「ん?何?」
「一昨日、あの対談で何かあったのか?」









紅の光線がビルを貫く。

四足獣は遠距離戦が強いらしい。
まるで移動砲台のようにのし歩きながら牽制する。
その光線の嵐の中を甲殻獣が走り抜け、無理矢理接近戦を挑みかける。
巨人はテレポートで光線をかわしながら様子を見ているようだ。


「どう?おかじー」
「今俺の友達とアクセス解析中。もうちょっと待って────おお?」
「何?…………────おおぅ」

更に上空から光の柱が五本降臨してきた。
現在、街中で戦闘中の三体を囲むように落ち、光の中で急速に形を成していく。
巨大な剣を持つ少年。
カラクリの翼を持つ少女。
ビジュアル系の服装の長髪の男。
全身を銀と赤の模様に包まれた巨大な機械兵。
山一つ分はありそうな宇宙戦艦。

「コレ何処?おかじー」
「え〜…………ちょい待って。宣言してないところが────ん、来た来た。
 『銀鉄大戦』が”アルゲンタム”、
 『電網覇道遊撃旅団』の”雷皇”、
 『ペイルデイズ』が”四辻嶺輝”、
 『トールテール=アルティメット』が”クレス・ノクス”と”エイリィ・七海・カテーリア”。
 今出現している『アマノミ系』のバトルアバターはこれで全部ですな」
「何云ってんのかじぇーんじぇん分んないんだけどさ?」
「…………ま、後で参照して下さいな、大体パクリです。オタばっかですねぇ」
「全部模倣者?」
「はいな、全部『アマノミ』模倣者ですな。
 『アマノミ』そのものはあの四ツ足怪獣だけです」


甲殻獣が四足獣の収束光線を受け、崩れ落ちた。
それを合図にするかのように、他の虚像達も一斉に襲い掛かる。
────剣の少年と羽の少女。
互いの背を庇い合いながら戦闘を繰り広げている。
──機械兵と宇宙戦艦。
同じく共同戦線を張っているらしく、巨人を一斉に攻撃していた。
問題はビジュアル系の奴。
そこらへんじゅうで誰彼構わず雷を放っている。

「…………何やってんのアレ」
「あー、『ペイルデイズ』は愉快犯ばっかですからね。ガキ多いって聞きました、っと」
「ん?」
「出ました結果。間違い無いッスな、あいつの云う通りです」
「────”キルロイ”の、ね」










「至極簡単に云えば、アレは一種の”検索ツール”です」

”キルロイ”と名乗る男はそう云った。
元々立体映像を動かすには大量のリソースが必要となるものであり、
それがネット領域を占拠するという行動の要因だと思われていたのだが────

真実は違うという。
ネット領域占拠中、領域内はそのままに、その中をクロールしているのだそうだ。

「検索って────じゃあ何か探してる訳?『アマノミ』って」
「さあて、どうでしょう?
 私は存じ上げませんが。最も、『アマノミ』という組織自体に目的が有るかどうか」
「何それ。意味の無い検索の為に意味の無いクラックを仕掛けてるって事?」
「────かも知れませんし、本当は何かを探しているのかも知れない。
 只一つ────


 ”ガイアスカタス”という言葉、ご存知ありません?」









「”ガイアスカタス”、これって最近流行りのスパムメールの事ッスね」
「…………あー、何か聞いた事あるわ。アタシにも来た事あるかも」
「で、それが『アマノミ』の探し物、目的であると?もう俺訳分らんのですけどー」
「まあね────……」

何となく、変人女は気分が悪い。
尻の座りが悪いと云った方がいいか。
何となく不気味な、何か起こりそうという兆候はいくらでも見出せるのに、
分からない。
当の本丸が見えてこない。
探っても探っても、煙に撒かれるように。

────『アマノミ』。そして”ガイアスカタス”。




呼ばれた気がした。

端末モニターのゴーグルを上げて下を見る。
また雑誌記者が屋上に出てきて、此方を見上げていた。
「……────何?」
「いや、気になったからさ。その────アレが」


雑誌記者が顎で指した方角。
『アマノミ系』バトルアバターの戦闘はかなり進行していたらしい。
宇宙戦艦が爆炎を上げて墜落していた。
機械兵は既に巨人に打ち倒されて転がっている。
その巨人も、何時の間にやらダメージを受けてボロボロだった。
ビジュアル系の男は四足獣に圧倒された末、敵前逃亡し撤退。
残るはあの四足獣と少年少女の二人組。しかし少女の方が相当やられているらしい。

「凄いよなー、俺実際に見たの初めてだけど」
「ホントにあのゴチャマンぶりはどーかと思ったわ。衛星回線パンクしてんじゃない?」
一時けらけら笑った後、変人女が尋ねた。
「────で、何?アタシに聞きたい事有るんじゃないの?」
「え?いや」
「惚けなさんな。こうしょっちゅうヒョコヒョコ顔出されちゃ気にもなるわよん?」

図星を突いたらしい。少し黙りこくった後、雑誌記者がポツリと云った。
「…………おかじーと、何やってんだよ」



────真顔。

と思う間もなく、変人女が吹き出した。
盛大にゲラゲラゲラゲラ笑う声に雑誌記者は必死で否定するが、ちっとも通用していない。
「何、いっちょまえに嫉妬!?男のシットなんざキモ過ぎだわー!」
「んな、違う!違うって!!」
「じゃあ何さ」

また真顔に戻った。どーにも雑誌記者弄ばれすぎである。
「あー、だからさ、お前一昨日の『アマノミ』との対談の時、何か有ったんじゃないのか?」

「…………ま、ね」
今度は彼女が言葉を濁した。









会談の最期に、変人女は尋ねた。
「”キルロイ”さん、貴方本当に『アマノミ』の人?」
「名刺は先にお渡しした筈ですが、何かご不満でも?」
「こうホイホイ会って気さくに話すようじゃ疑いもするわよ。この対談を受けた理由は?」

「────まあ、良心が疼いたというか。ご報告がてらに」
「は?」
「貴方のお知り合いが巻き込まれていらっしゃる様子ですので。そう────」








突如鳴り響くファンファーレ。

虚獣達の勝負が付いたらしい。
既に殆どの立体映像はプログラムごと消失し、最期に残ったのは、
────あの少年と、少女の二人。
あの四足獣は全身をなます切りにされ、更に頭を吹き飛ばされていた。

傷付き合った二つの虚像の少年少女が、ビルの屋上で支え合いながら立ち上がる。
雑誌記者には遠すぎてアリみたいにしか見えないのだが。
「おおう、何、これで終わりか?」
「いや────────未だ」




その背後。

小さな光の柱が堕ち、虚像が投下される。
小さな人影。
袖の伸びすぎたセーターに、ツインテールの髪型。
傍に侍るのは黒猫。
その目立つギョロ眼は、


「……────、チーコちゃん?」



────剣の少年と羽の少女の背後にソレは降り立ち、
────二人が背後に気付いて振り向く前に、
袖を垂らした両手を伸ばしたかと思うと、

ばくん。


袖が伸びて、二人が喰われた。










『髪二つくくりのギョロ眼の少女が、『アマノミ』に連れて行かれたそうですから』
”キルロイ”のその最期の言葉。それを思い出す変人女の視界の片隅で、
黒猫が笑った。




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