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魃鼈









天は青気を収め、光現れず。地は濁気を収め、物生きず。

海は湖水を収め、魚龍死す。日月は光を収め、黒暗多し。

人は元気を収め、陰陽尽く。



乾坤は吠え叫び八卦開く。水火風の災は一斉に来たる。

天崩れ地裂け、


     ────────顕れ出ずるは、怪しき獣。








そう呟いた男が居た。
彼とは全くの未知の仲であり、知り合ったのは全くの偶然だったのだろう。
否、彼からすれば必然だったか。
まあそんな事今はどちらでも良し、単なる主観による解釈の差異に過ぎない。

その男はあんな混沌の只中に住み、激しい眼差しで世を見つめていたにも関らず、
その姿は煙羅の如く、
その性は雲霞の如く。
正直、今となっては顔もはっきりと思い出せない。あれほど共に居たというのに。
薄絹のようだという人も居た。幽霊のようだという人も居た。
もし自分が彼を例えるならばそう、『蜃気楼』。
まさに蛤の吐く気に浮かぶ幻。

彼岸の人間だったのだろう。
そのどうしようもない己が心の内を、この世の誰にも曝け出すことは無かったのだろう。

否、────恐らく、只一人。


その幻のような男は、
胡蝶の夢のような世界の中を見目逢わせんと連れまわし、
一炊の眠のような時間の中で全てを知らせんと語りつくし、
一言だけ、こちらに告げる。










────────『彼女は、死亡したそうです』










空気が臭い。

日頃は自称有害情報の規制という珍妙なフィルターを通されるマスコミの情報も、
こればっかりは突っぱねる事が出来なかったのだろう。
事前の情報通りであった。

何しろ町中土埃だらけで空気も何だか黄色い。
どうも北方の黄砂が流れてきてるらしいが、原因はそれだけではなかろう。

間違い無く大気汚染だ。
てか東京より空気の悪い場所があるとは思わなかった。
真横を大型バスがガロガロといかにも燃費の悪そうな音を立てて走っていく。
後ろを、年代モノのカブが大荷物を満載させてついていくように去っていく。

そろそろ、光化学スモッグを吸収しようと大怪獣が襲来しそうな悪環境。
だが今この場所の空気の悪さの原因はそれら排ガス拡散マシンのせいではなく、


『え────、あちらに見えますのが日帝時代に岩倉財閥により建造された……』


この異国の町中で拡声器を使って大気汚染を行う、
自称大小説家、通称スミ先生と呼ばれる公害怪獣のお陰である。

『…………トまぁーこのように岩倉財閥はこの都市を中心に大陸で盛んな活動を、』
「申し訳ありませんが、あの建物が経ったのはつい二年前ですけど」
『エ?でもあんなに様式が古いですよ?あちこちに雨の跡がありますし?』
「アレは酸性雨による浸食ですし、様式は建築家に云って下さい。
 それよりもアナタ知ったかぶりで解説しないで。そういうのは私の仕事です」
『何を云ってるのかねキミの解説があまりにも子守唄に酷似しているのを慮って
 この私が事前に学んでおいた事実を衆々知らしめんとする意図が判らんかねー!?』
「全く判りません!」

スミ先生、その手に持ってるなんたらウォーカーは何ですか。

「つーかアンタ拡声器で喋るな、てか返せ────!!」
『何を云う大声を張り上げねば皆に聞こえなピ────────────!!!』

ヒートアップする感情に感応したように拡声器が壊れ、
遂にスミ先生とガイドのオネーチャンが町中で大喧嘩をおっぱじめた。



今、雑誌記者やスミ先生が居るのは中国のとある地方都市の市場。
一足遅い、雑誌の中心作家を集めた夏休み旅行に来ているのである。
一応中国特集の取材、という名目で。
企画は全てスミ先生。費用も先導もスミ先生。
そして手配とか何とかメンドイ事はぜーんぶ編集部任せ。とゆーか単なる尻拭い。
旅行会社の女性ガイドも辟易しっぱなしである。

編集長がその巨体を両者の間に差し込んで、ようやく怪獣大決戦は収束した。
見ていた作家連中、皆あきれ果てている。

ふと横を見れば変人女が咥えタバコで遠い目をしていた。
彼女は目下スミ先生一番のお気に入りであり、今回のメンバーに真っ先に指名された。
雑誌記者はそのコバンザメである。
ちなみにチーコちゃんはおいてけぼり。編集長と雑誌記者以外も留守番であった。
「ね、一つクイズ」
「ん?」
変人女が深くタバコを吸い込み、物憂げに煙を吹き出す。
「黄河と長江とタクラマカンと、どこがいい?」
「…………何だそりゃ」
「────スミ先生捨ててくる場所」
おいおい。
「あ、でもどこからでもうっひょーって生還してくるか。あの人は」
否定ができんのは何故だろう。




ちりん。

鈴の音一つ。


「────いかがですか?」
いきなり、彼女の目の前に手が現れた。
花の様にふわりと開くと、その中心に何かがちょこんと座っている。
────漆塗りの、亀の置物。

訝しげな視線を投げかけつつ振り向くと、彼女の横に男が一人立っていた。
柔らかな麦色の髪。
白い肌。
きらりと光る縁無し眼鏡。
身長はそれほど高くない。腕まくりしたYシャツはまた卸したての様に白かった。
髪質に似つかわしくない細い目が、眼鏡の中でついと微笑む。


「お久しぶり、『月の女王』」
成人男性というより子供のような声に、変人女の目が丸くなるのが判った。
「もしかして────『夢想家』?」







男の名前は『李 連開』だと紹介された。

その昔、変人女が米国に居た頃の友人だそうである。
他にも居た仲間内でニックネームを付けて呼び合っていたそうで、
それで変人女が『月の女王【アルテミス】』で、李が『夢想家【ドリーマー】』だそうだ。
理由を聞いたら、
「無口で、無慈悲で、無表情で、何でもかんでもバッサリ斬り捨てる女王様だったから」
「そーゆーあんたは妄想ばっかり語り倒す役立たずだったでしょーが。あ?」
だそうである。

一体何処の中二病だとツッコんでみたかったが、止めておいた。
誰にも触れられたくない過去は有る。
小六でオネショをしたとか、必殺技の練習をしたとか、族に入って珍走してたとか、
DQNに寝取られた初恋だとか、盗んだバイクだとか、
薬物とか、殺人とか。
雑誌記者はその職業柄、そういう過去は余程の事が無い限り知ろうとはしない。
脛のキズは知られたく無いし知りたくも無い。
────そういうものだ、人生とは。うん。



「…………”青空教室”の皆は、どうしてる?」
「よしてよその話。今あの連中とは何の関係も無いんだから。あんたが────」
何やら耳に付く妙な単語が出てきた。
どうも固有名詞らしい。彼女の米国時代に関係有るらしく今は一言も聞かない単語だが
────薮は突付かないに限る。うん。

李はこの辺で工芸品の露天商をしているらしい。
さっきの亀の置物も売り物の一つだそうだ。
見れば道端に色とりどりの品が並ぶ。
一応中国風の品が大半だが、たまに銀ドクロのネックレスやらミサンガやらも交じる。
個人の趣味だろうか、えらく国際色豊かな品揃え。
「記念に、一つ持ってく?」
「ん、そお?」
とりあえず変人女はその場にしゃがみこみ物色し始める。
変なメガネを掛けて李を笑わせたり、シリーズが同じらしい置物を手にとって談笑したり。

その内李が変人女の背後に回り、彼女に右手に何かを付けた。
翡翠製らしい、緑の綺麗なブレスレット。
その自分の手首を見て変人女はにこりと微笑み、李も笑い返して言葉を交わす。
────うんいい笑顔だ、うん。



「オミミがダンボになってますぃヨ────〜〜ゥ?」
何か、横から変なオッサンがドアップで語りかけてきたが無視する事にした。
「そのままお空を飛んで逝きそうですィよ────〜〜ゥ?」
どこのの鼻で歩く哺乳類だよ。
「ぐふっ、むりしちゃってムリシチャッテェぃ」
何故二回云う何故二回こら重い体重を預けてくるなクサイおっさんのクセしてとゆーか、

「何で酒臭いんですかスミ先生!!」
「ビール貰ったからね〜ェ、イエ────!ありがとうガイドスゥルあーん!」
振り返ればビールや老酒片手に異国の町中で既に盛り上がってる集団と、
すみっこで絶望しているガイドさんが一人。
…………薮をつついてクレイモア地雷を出したか。ご愁傷様。

「おーいこらー、湿気た面してんじゃないわよー」
こっちの薮もつつけつつけと云わんばかりに顔を出してきた。
「思い出話は終わったのか?」
「ん。で、ついでに皆のお土産買おうと思うんだけど、一緒に見繕ってくんない?」
「やだよ」
心外だと云わんばかりの表情で、変人女の眉が歪む。
「なしてさ?」
「────もっと別の買うつもりだから、喰いもんとか。センス変な置物なぞ迷惑だろ?」
「あっそ、いーわよ勝手に選ぶから。センス変で悪うござんした」
そう云い残して変人女が屋台へ向かう後姿を、雑誌記者は見送る。



ちりん。

いきなり目の前に置物が差し出された。
脚の長い鳥の置物────鶴だろうか?

「センス悪くて、申し訳ない」
横へ振り向けばそこに李の顔があった。
柔らかそうな髪と細い切れ長の目に、男であるはずなのにドキリとさせられる。
「日本語、喋れるんですね」
「ええ、米国で彼女と僕は一緒に習いましたから。他にもまた、様々な事を色々と」
そのまま李は雑誌記者の横に並び、背後のトタン板に背を預ける。

ちりん。

李が動くたび鈴の音が鳴る。工芸品ではなく、どこかに身に付けているのだろうか。
「────変わりましたねえ、彼女」
「昔と比べて?」
「ええ、なんというか────明るくて、フランクで。米国の頃とは大違い」
先程聞いた、変人女の米国時代のあだ名『月の女王』の由来。
無慈悲は兎も角、無口に無表情というのは確かに今の彼女からは思いつかない。
「”月は無慈悲な夜の女王”、ですか?」
「当たりです」
李がクスクスと笑い出す。
その中性的な姿は、つかの間男性である事を忘却させる。
「僕と彼女とは結構年が離れてましたけど、米国ではまるで姉弟みたいに…………」
「”青空教室”で、ですか?」

ちりん。

「────どこまでご存知で?」
「いや、さっき話してるの小耳に挟んで」
李は更ににっこり微笑んで、右の人差し指を口元へと近づけ、一言。
「聞かぬが花、ですよ」






ちりりん。

────────何処かで、長いサイレンが鳴り出した。

呼応するように、次々とサイレンが鳴り出す。
同時に何かを告げる中国語の放送が辺りに響き渡る。
見上げれば、空がまだ昼時というのに金色に染まっていた。
しまいに肉屋の辺りをうろついていた野良犬まで高い遠吠えを始めたり。


「ん?何だ?」
「何?何か始まるのん?んん?」
いきなり鳴り響くサイレンに、スミ先生以下作家連中は訝しげな顔をした。
無論何が起こるかは判っちゃいない。
編集長や雑誌記者や変人女も同様である。

最も、その場で判ってなかったのは彼等だけであったが。

「おんや?どうしましたガイドつァーん?」
スミ先生の見ている前で、見る見るガイドさんの顔が青ざめていく。
周囲の人々はザワザワ騒ぎ始めて挙動不審。その場から駆け出す者も居た。
そして、雑誌記者の横の李はサイレンを聞くなり腰を浮かせ────
「────ああ、まずい」
そう一言。


────────轟音と共に、地面が揺れる。

それに人々が慄き、遂に全員逃げ出し始めた。
ヨッパライ日本人一行は誘導されるまでも無く逃げ出し始めた。というより、
「あ、あ、と、とりあえず非難します!皆さんコッチにうきゃっ!ふぁ!?」
「ぶるぅああああああああ何事!何事!?
 とりあえず何処です避難経路エスケープゾーンフェアユ────!?」
「ちょ、止めてくださいこのヒゲセクハラちょっと止めてそコ、アッ!────…………」

スミ先生に連れ去られるガイドさんを見失いつつ、雑誌記者は周囲を捜す。
変人女の姿が無い。
既に李の民芸品屋台は群集に踏み潰され、跡形も無くなっていた。
さっきちらりとひっつめ髪の後姿を見た気もするが、押し寄せる人々に紛れてしまった。


りりりん。

「────貴方、早く逃げないと!」
掴まれた腕のほうを振り返る。李だった。
「彼女なら私の云った方へ逃げていくのが見えました!貴方も早く!!」
腕をつかまれたまま、李とともに人の流れと同じ方向へ走っていく。

至近で、腹に響く爆発音がした。
同時にすぐ横の屋台が飛んできたコンクリの塊に潰され、湯と油と食材を撒き散らす。
必死で駆ける自分の足へ追いすがるように、土煙が地を走る。
度重なる振動は止まらない。
咆哮が、聞こえた。
「な────…………」
「振り返らずに!走って!!」
僅かに聞こえる李の声と握られる腕の感触を頼りに、異国の地を駆け抜ける。

途中で堪らず振り返った。

高層ビルが途中で吹き飛ばされ、次々と土煙が立ち昇っている。
何が起こっているのか全く判断できない。
只、有線放送が狂ったように異国の言葉を吐き続ける。何と云っているのだろう。






ちりん。

「…………────”金蜃龍”」
李が告げる。
「日本では、”パゴス”と呼ばれてましたか」







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パゴス

学名パゴタトータス。ウランを好むパゴタ科の地底怪獣の一種。
分子構造破壊光線を吐く他、周辺地域で発光現象を誘発し、それは金蜃と呼ばれる。
ウランを食す際放射能を拡散する為非常に危険な怪獣であるが、
体内にウランを高純度・高密度で蓄積する為、市場価値が非常に高い。
1950年に北京周辺に出現したいわゆる『金蜃事件』以降、最も研究された怪獣の一つ。

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ちりん。

「…………────最近多いんですよ、こういう事が」
「こういう事?」
「怪獣とか、妖怪とか、宇宙人とかそういった話。
 TVや新聞では取り上げられませんけどね」



李と共に走り続けて妙な所まで来てしまった。
足許は坂道になり、周辺は妙に違和感だらけの洋風建築ばかり。一体何処だろう?
「余り離れてませんよ。郊外の丘です」
振り向けば先程まで居た市街地が見渡せた。まだ街中に土煙が上がっている。

────だが、只それだけ。
パゴスのうねる尻尾とか、巨大な角とか、その巨体すら片鱗も見受けられない。

「どうやら、怪獣は地上に出てこなかったようですね」
周囲はいつの間にか、自分たちと同じように逃げてきた人々で埋め尽くされていた。
中には着の身着のままであったり、
使用中だったであろう日用品を抱えていたり。
彼らは土煙の上がる場所を指差しながら、一様に同じ単語を連呼している。

「こういう事態が多いって?」
「ええ。例えば先日、台湾海峡に中国の原潜が入りかけたのはご存知で?」
「ああ────シグナムとか何とか云う変な魚雷を打ち込んだとか云ってたヤツ?
 台中開戦だとか云って大騒ぎしてたけどいつの間にか聞かなくなって」
雑誌記者の言葉に少しだけ含み笑いして、李が尋ね返す。
「ええ。でその”シクヴァル”を打ち込んだ相手って、何か知ってます?」
「…………いんや?」


りりん。

突如上空をヘリの編隊が通り過ぎた。
同時に突風が民衆を襲い、新聞紙や軽いものを空中へと巻き上げる。相当低空飛行だ。
丘の上を駆け抜けると、編隊は一直線に土煙る被災地へと飛び去っていく。
「軍隊!?めちゃくちゃ早いな、流石中国」
「人民解放軍の事ですか?違いますよ」
「は?」
周囲の人々がヘリを見た瞬間から妙にざわついているのだが、違うのだろうか?

その様子も意に介さぬように、李がまた話を振る。
「では、先日ウィグル自治区で地下核実験が行われたという話は知ってますか?」
「え?あ、えーと一ヶ月くらい前?米国が文句云ってたような…………」
「その爆発したのが核爆弾では無いとしたら?」
「は?」
「四川省で旅客機が空中分解した件は?整備不良が原因で無いとしたら?」
「いや、それは」
「大慶近郊で謎の著しい電圧低下が見られるという報告は?
 広州で真夜中に一家12人が内臓を抜き取られて惨殺された事件は?
 洞庭湖で湖を渡る客船から妙な白い航跡が20分間観察されたニュースは?
 青丘山の反体制集団テロリストの狩り出しと称した大規模な軍事行動はご存知で?」

目が点になりそうだった。
あの大人しそうな男の何処から、この饒舌な言葉が出てきたのだろう。
「それ全部に、怪獣とか妖怪とか宇宙人とかが関ってると?」
「────────全部、噂ですけどね」
「────噂、ですか」
「そう、噂」


ちりりん。

聞いた事も無かった。
一応怪奇雑誌の記者な以上、怪しい話は日頃あらゆるメディアでチェックしている。
無論範囲はワールドワイド、むしろ外国の話の方がウケがいい事だってある。
だからこそ、それなりにアンテナは張っている積りだった。

『中国で怪獣が頻出している』など、聞いた事が無い。

李がうそぶく。
「この国はマスコミもネットも規制されていますからね。正しい情報など伝わらない」
雑誌記者が切り返す。
「でも国交は各国と結んでいるし滞在外国人も多いし、
 そんな中で完全に隠し通すなんて────」
「現在、この世の人々がどれだけ情報をネットやマスコミに依存してると思います?
 世界中を知り尽くしたと思っても、それは加工され与えられた情報からのみ。
 ジャンクフードだけで世の珍味を食べ尽くしたなどと云えますか?」
「…………それこそ、陰謀の妄想と変わらんでしょ」
「人の口には妄想が入り混じるのはその通り。
 ────しかし、戸が立てられぬは人の口だけ、というのも真実ですよ」
「じゃあ、証拠は?」

この李という男、意外と話術が上手い。
いつの間にか雑誌記者も雑談だと思っていた話に真剣に乗せられている。



りん、りりん。

李が右手を上げ天を指した。
「────証拠なら、来ましたよ」

あの編隊で飛んでいった機体はまた違うヘリが、すぐ近くの空き地に舞い降りてきた。
今度のはローターが二つのでっぷりした輸送用ヘリ。
軍事用にしては少々派手なカラーリングのロゴマークが光っている。

「さっきの奴等?でも軍隊じゃ無いなら────」
雑誌記者がぼんやり見ている前でヘリのハッチが開き、人員が駆け降りてきた。
全員派手な服装で、成る程確かに”軍隊”というより”災害救助隊”か何かに見える。
だがしかし、手には銃らしき物がちらつく。
中には対BC兵器よろしく全身を樹脂スーツで覆った人員も見受けられた。
「救助隊でもありません。第一彼等は公務員じゃないんです」
「じゃあ、一体────……」



ロゴマークに漢字が見えた。

『= 泰 山 警 備 保 障 公 司 =』。



警備会社?あの重装備で?
「名義上では」
じゃあ、実際は?
「────────傭兵、とでも云いますか。”怪獣専門”の」
ヘリから降りてきた”警備員”達が人々を誘導し始めた。
余程手荒な態度に抗議しようとする者も居るが、銃で脅され結局大人しく従っている。
「さ、避難誘導が始まりましたよ。面倒事にならない内に早く」


────りん。
鈴の音が、また一つ。










「『怪獣傭兵』に遇ったんですか!?無事でよかったですよもうー!」

ガイドさんがイジメで泣かされた小学生みたいな表情で安堵し、肩を落とす。
結局、旅行会社が確保したホテルで雑誌記者は皆と落ち合った。
一応連絡用の携帯電話は渡されていたが、あの市街地では通話出来なくなっていた。
ヘリの警備員に更に郊外まで追い出され、そこでようやく繋がったのである。
「多分それ、”怪獣傭兵”の電波ショーガイですね」
「何ですかそれ?」
「電磁波を怪獣に感知されて再襲撃を防ぐ為、って聞いてますけど、
 多分違いますね。恐らく情報規制の一環ですよ」



『怪獣傭兵』。

正式名称ではないが、人々にとっては暗黙の周知事実だったらしい。
最近出来た国営企業であり、人民解放軍と深い繋がりのある”営利団体”。
警備会社を始め、表向きは様々な肩書きをまとっている。
その営利目的は『特殊な災害時における治安・警備活動を政府から請け負う』事だが、
その実は全く違う。
────怪獣の討伐、捕獲、そして研究。
────それらに伴う経済活動。
それらを一手に行う軍の出先機関だというのだ。

怪獣とは、存外利用価値が高いという。
その高い生命力や特殊能力にのみならず、体内の蓄積物質にも価値が有る。
例えば、
”黄金怪獣”ゴルドンはその名の通り、体内に大量の金を蓄積する。
”油獣”ペスターは食料である石油を求め、油田のある海底を徘徊する。
例えそういう利用価値の無い怪獣でさえ、出現し、倒すという一連の過程で
兵器発注や復興事業など膨大な経済効果が期待できる。
生きたまま捕獲してその特異な生態活動を研究に供してもいい。
何なら、見世物にしてもいい。
学術という権威に保障されたエンターテイメントになる。

まさに産業。
怪獣は骨の髄どころかその名前や存在からまで搾り取れる”金卵のガチョウ”なのだ。
現在、大小合わせて12の『怪獣傭兵』が存在するという。



「────でも、退役軍人どころか『幇』……ええと中国ヤクザですね、
 それに共産党上層部。そんなのまで関ってるらしくて、
 しかも情報規制してるし危なっかしい連中なんです」
「そんなに有名なんですか?この国では」
「そりゃあもう、年がら年中何処でも見かけますから。
 だから儲かってるんですし。
 ちょっと怪しい話があれば調査員とか名乗るのがうろつき始めるんですよ」

成る程、李の話に合点がいった。
そんな連中が徘徊すれば、嫌でもそのあたりには化物が居るという証拠にされる。
単なる噂話、と割り切れなくなるというものだ。
「ナール程ぉ、この国にかかれば怪獣でさえクジラ扱いですか。
 皆っさーん、ここは一つ我々も見習って出現場所にパゴスの鱗一枚でも拾いに行きま」
「ブチ殺すぞエロヒゲ」
態度に裏表が無くなってきたガイドさんにスミ先生が絡んできたので、話は中断。


それよりも。
変人女の姿が見当たらない。

「ん?ああ、彼女お前と一緒じゃなかったんだな?」
すっかり酔いが抜け、不機嫌オーラも頭のアブラも満載の編集長が頭を拭く。
「あのメガネで色の薄い中国人のトコに居るんじゃないのか?知り合いか何かだろ?」
「いや、その人と俺が一緒に居たんですよ。この近くまで案内して貰って、そこで別れて」
「じゃあ未だ行方不明なのか?おーいガイドさん、ちょっと電話────」

りりりりりん。
りりりりりん。

二つの鈴の音のような着信音が鳴り響く。着メロの初期設定がコレだったのだ。
「あ、ちょっと待って下さい。えーと……もしもし?」
一方はガイドさんの携帯、相手は日本人らしい。日本語で話し始めた。
もう一方は、雑誌記者の携帯。
見知らぬ番号。
出る。
「もしもし?」


子供のような声が告げた。

『────彼女は、死亡したそうです』


「…………は!?あんたちょっと、もしもし!?」
この特徴的な声は恐らく李だ。だがこのやけにダウナーな話し方は何だ?
電話向うの沈黙を破ろうと更に問い詰めようとした所で、雑誌記者は顔を上げる。
「────あ、あの」
さっきの騒動とは比べ物にならない位、ガイドさんの顔が色を失っていた。
他の一行もガイドさんの顔に集中している。
「…………────大使館、からで」
青い唇が震えている。


「日本人女性らしい遺体が見つかったから、確認してくれって」









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